「立川、おつかれ」

お昼休み。
私は会社の食堂にいた。

コンビニの袋を下げた相原君が、私の前の空いた席に座る。

「どう? 仕事は大丈夫そう?」

「う、うん……覚える事は沢山あるけどなんとかね」

「そっか、なんか困った事あったらすぐに言えよ?」

「ありがとう」

──結局、ヒイラギが何処に行ったのかわからないまま、私は出社した。

キッチンには、朝ごはん用に作ってくれていたおにぎりとお弁当の準備がしてあっただけ、置き手紙も何も無い。

忽然とヒイラギは私の前から姿を消した。

そして、私はその事で大きく変わった事がある。
今朝から何一つ不幸に合う事無くココにいるという事──

電車の遅延も、急に壊れたり破けたりする身の回りの物や、突然上から降って来る水にも、私はそんなココ三ヶ月、毎日の様にあった出来事に一つも今日は合っていない。

「立川って料理上手なんだな?」

相原君は私のお弁当を見て、感心した様子で言った。

「あっ……これは、私じゃないんだ作ったの」

もう二度とこのお弁当が食べれないのかと思うと、運ぶ箸は都度止まってしまう。

それに、何故か胸が苦しい。

「なあ今日、夜時間あるか? 良かったらメシでも行かない?」

「えっ……?」

少し前なら考えられなかった、会社で仕事をして、友達と会話するこんな当たり前の時間……

コレは、やはりヒイラギが消えたから訪れた平穏なのだろうか?

つまり私は、彼からようやく解放されたという事か……

私はこの突然の変化に、心が付いていけずにいた。

それにしても、挨拶一つせずにいなくなるなんて……
散々、迷惑かけておいて……
何も言わずに消えるとか……

「立川? どうかしたか?」

「あっ、ううん……大丈夫、ごめんちょっと緊張しちゃって」

「まあ初日だもんな、まずは会社に慣れるとこからでいいから」

相原君はそう言って優しく笑った。
彼の微笑みは少しだけ私の心を軽くしてくれる、でも──


アイツの事……なずなは……好き、なんでしょ……?


ヒイラギが言ったその言葉が、急に私の頭の中で大きく響く。

結局、これもヒイラギには勘違いされたままだ。

「就職祝いって事で、オレ奢るよ?」

本来なら、すぐに首を縦に振るところだろう。

「……ごめん、今日はちょっと用事があるんだ」

有り得ない事に、私は待ち望んでいたそんな誘いを自分から断った。

「そっか、残念! じゃあ、また今度」

「うん……ごめん、今度みんなで行こう」

「わかった……」

何となく相原君は、私のその返事に少し残念そうにしていた。