一人暮らしの3階立てマンション。
階段を昇る足は重い。
狭い廊下はあっという間に奥の私の部屋の玄関前へと、牛の速度で歩いていたのにたどり着いてしまう。
「はぁっ……」
ため息がこぼれた。
私の部屋、鉄製の扉の斜め上の表札には
[立川(たちかわ)]と書かれている。
間違いない、ここは一人暮らしの私の部屋だ。
カバンから鍵を取り出し、ゆっくり解錠する。
少し重い扉が音を立てて開くと、そこには──
眩しいくらい私好みの、黒髪短髪イケメンが着物姿で立っていた。
「おかえり! なずな、今日はね! なずなの大好きな卵とじゃがいものお味噌汁だよ」
「…………はぁっ」
「ああ、先にお風呂にする? それとも~……」
背の高い彼は膝を曲げながら口を少しすぼめて、キスをねだる様な素振りをしてくる。
私はそんな彼の仕草に少しドキリとさせられながらも、改めてじっとその顔を見つめた。
閉じられた瞼を縁取る長い睫や高い鼻筋、整った顔立ちとそれに反する細身のわりには筋肉の均整のとれた男性らしい体つき。
これが本当に、彼がちゃんとした恋人とかだったら、さぞ幸せなシチュエーションかもしれない。
しかし──
「なずな?」
無言の私を不思議に思ったのかその瞳は開かれ、私を見つめた。
さらさらとした艶のある長めの前髪の間から、色素の薄い金色に近い茶色の瞳が覗く。
見つめていると吸い込まれそうになって思わず目を逸らした。
出来れば、もう少しこの目の前の神々しいまでのイケメンを見つめていたいが、そうもいかない。
次の瞬間、私の一昨日買ったばかりの牛皮のカバンの持ち手がブツンと切れ、私の足の甲へとクリティカルヒットしたからだ。
「ぃ痛~~~~ぁぁぁぁいっ!」
「だ、大丈夫? なずな!?」
そして、追い打ちを掛けるようにカバンの中から何やら液体がこぼれだしているのが見えた。
「えっ? なに? 何っ!?」
それはカバンに入れたままのペットボトルのお茶だった。
慌ててカバンを探ると、手帳や財布、入っていたものは全て水浸しになつている。
「はっ!? もしかしてっ……」
カバンから全てを取り出し、一番濡れては困る携帯電話を取り出すともう既に浸水し、電源すら入らず既に壊れてしまっていた。
「あぁ~っ……もうこれで3台目だよ~っ、バカっ! ヒイラギのバカっ! 貧乏神っ!!」
別に、コレは言葉のアヤで言っているとかではない。