「そうだね……ごめん」
ヒイラギはそのまま立ち上がり、私に背を向ける。
「えっ……ちょっと……?」
「僕のせいで、なずなは不幸になっちゃったんだよね……」
ヒイラギが指をパチリと鳴らすと、まるで手品の様にふっと目の前の景色は一瞬歪み、私はいつの間にか自分の部屋のベッドの上にいた。
「……ヒイ……ラギ?」
私はワケがわからず、背中を向けたままのヒイラギに声をかける。
「なずな……僕はキミへの求婚を取り消す」
「へっ……?」
ヒイラギの言葉に声に、一瞬──
心臓がドクリと脈打つ。
「何……言って……」
けれど、私の方に振り返ったヒイラギは、いつもみたいに懐っこい笑顔を向けるだけで、それ以上は何も言わない。
「まっ、待って! えっ? 何どういう意味?」
「お腹空いたよね? 夕飯にしようか」
そして、まるで何も無かったかのようにそう言って微笑んだ。
「大丈夫、障りはもうなずなに降りかかる事はないから」
「で、でもっ……」
「ご飯食べようよ!」
さっきのはどういう意味なのか、一体どういう事なのか、私は頭の中が混乱していた。
「ね、ねぇっ!」
けれど、ヒイラギは微笑むだけで、あとはただ何度も「もう大丈夫だから……」と繰り返すだけだった。
夕食が終わったあとは、私もなんだか気まずくて寝室にすぐ入り、ヒイラギにはそれ以上何も聞く事が出来無かった。
ベッドの上に寝転がり、私は何度も何度も頭の中でヒイラギの言った言葉を繰り返した。
「求婚を取り消す」ヒイラギは確かにそう言ったのだ。
「それって……」
つまり、もう私はヒイラギと結婚する事は無くなったという事だろうか。
だからもう障りは起きない。
じゃあ、私はもうヒイラギとは……
いや、これでやっと元の平穏な暮らしに戻れるのだ。
何を落ち込む事があるだろうか?
以前の様な普通の暮らし、それを望んでいたのは誰よりも私だ。
ようやく普通の生活に戻る事が出来る。
せっかく取り戻したのにって、ちょっと前だって思っていた。
だけど……
何故だろう。
急に、突き放されたみたいなこの感覚。
私、もしかしてヒイラギの事……
違う違う、きっとさっきのキスで混乱しているだけ!
別に、ヒイラギの事なんて……
「やっぱり、もっ回ちゃんと聞きに……」
しかし、その勇気が出ない。
結局──
何も聞けないまま、私は一睡も出来ずに朝を迎えた。
「うん、やっぱりもう一度ちゃんと聞こう」
いつもならヒイラギが朝ごはんを準備している時間、私は寝室から出るとすぐにキッチンへと向かう。
だけど……