Tシャツにスウェットのショートパンツという色気のかけらもない格好でダイニングに戻ると、そこにいるであろうと思っていたヒイラギの姿はなかった。

間仕切りの向こうのキッチンを覗くが、もちろんそこにもいない。

となると、残るは寝室だけだ。

今日とは言ったけれど、そんなにすぐにとは言っていない。

まだ夕飯も食べていないし、確かにお風呂は済ませたけれど、まだ心の準備が出来ていないのに……。

「ヒイラギ……?」

寝室を開けると──

そこに広がる光景に私は息を飲み、そして扉を閉め、またもう一度扉を開いた。

「えっ? アレ? ナニ? ここ、どこっ!?」

開いた扉の向こうには、そこにあるはずの見慣れたベッドも年期の入ったドレッサーも無い。

その代わりにどこまでも広がる森と、扉のすぐ下から続く石畳、そしてそこから続く長い階段とその一番上にある大きな鳥居が見えた。

「私、確かに寝室の扉を開けたよね……? ううん、うちの玄関開けてたってこんな景色じゃないし……」

鳥のさえずりと、どこかで流れている水の音、それ以外は生き物のいる気配がしない。

私は恐る恐る、扉から一歩石畳へ踏み出してみた。

ひんやりとした感触が足に伝わる、不思議な事に歩き出してみると恐怖心はなくなり、それよりもあの鳥居の向こうに行ってみたいという気持ちの方が大きくなっていく。

石畳から階段を昇り、なんとか鳥居の前まで来ると奥に大きな拝殿が見えた。

導かれる様に拝殿へと向かい、そしてそこに私が辿り着くのを見計らってか、拝殿中央の扉が大きく開け放たれた。

扉の向こうはどこまで続くのか見えないほど、果てしなく広がる和室にその両側にはまた数える事が億劫になるほどの襖が並んでいる。

「だ、誰?」

広々とした空間の中央、そこに白い光沢のある着物を着た人物が正座をしてこちらにお辞儀をしていた。

その姿は、ベールの様な薄い衣を頭から被り、なんとなく花嫁さんを彷彿とさせる。

ゆっくりとその人が顔を上げると、鈴がチリンと静寂の中、私の問いかけに答えたのか澄んだ音色を響かせた。
「……ひ、ヒイラギ?」

そこにいたのはヒイラギだけれど、私のよく知る彼ではない。

黒髪はやや鈍色に輝き、瞳の光彩がヒトのそれとは違っていた。
いつものヒイラギは私好みのイケメンだけれど、今目の前の彼は神々しいとさえ思える程に美しいと素直に思える。

「ど、どうしたのアンタ、ココは一体どこなの?」