「な、なずなっ!?」

私は思わず湯船から立ち上がり、一糸まとわぬ状態でヒイラギの方を向いてしまった。

「きゃあああああああっ!! ヒイラギのバカっ!!」

「ゴメンっ! 色々ゴメンっ!!」

私はすぐにまた湯船に顎まで浸かり、真っ赤になって俯くヒイラギをじっと睨んでいた。

「なんか……ゴメンね、本当にゴメン……」

その視線に気づいてか、ヒイラギは続けてまた謝罪の言葉を繰り返す。

「もういいよ……」

ようやく顔を上げたヒイラギは私の方へ潤んだ瞳を向けた。

「……なずなは僕の事……嫌い?」

「えっ……?」

「こんな風になって、なずなには本当に申し訳ないと思ってる……でも、僕はなずなの事が……好きだ」

「ヒイラギ……」

真っ直ぐなその視線を、私は逸らす事が出来なかった。

ただ、ヒイラギの本気の気持ちだけは伝わってくる。

「なずなは……やっぱり、僕と一緒にはいたくない?」

そう言ったヒイラギは少し悲しそうな、普段の彼とは違った微笑みを私へ向けた。

「そ、そんな事はない……けど…」

「ホントっ!?」

「う、うん……、確かにこの不幸続きはイヤだけど……ほら、アンタの作るご飯私……好きだし」

「よかった~」

そうして今度は満面の笑みを浮かべる。

私に見せる表情をコロコロと変える彼が、少しだけ愛おしいと思ってしまった瞬間だった。
と、同時に私は今の自分が置かれている状況を思い起こす。

「あのさ……私……その、あんたとその……契りっていうの……交わす」

「えっ!?」

「だって、もうそれしかないんでしょ?」

「そっ……それはそう……だけど……それって、つまり……」

「……うん」

天井から落ちた水滴が落下して浴槽に波紋を作る。
私はじっとそれを見つめていた。

こんな取引みたいな事で、体の関係を持つなんて……でも、もしこの不幸の日々が本当に終わりを告げ、普通の毎日が戻るのなら……。

それに、相手は知らない相手じゃない。
大丈夫。

私はのどをゴクっと鳴らし、小声で呟いた。

「……私、ヒイラギと……その、す、する……」

「ほ、本気で言ってる?」

「うんっ、あんたとその……」

「本当に……いいの?」

「いっ、いいよ……」

「本当のホントウに?」

「いいってば!」

ヒイラギの表情が一気に曇ったように見えた。

「……ねえ、なずなはそんなに今日の会社で働きたいの?」

「えっ? も、もちろん! 無職はヤダよ、それに……」