学校に向かおうとするだけで、その言葉が脳内でフラッシュバックを起こした。そのせいもあり、紗雪はその日を境に学校に行くことを諦めるしかなかった。
 悔しかった。まるで自分に負けた気がした。
 紗雪はどんな時でも決して諦めることはしなかった。だけど大好きだった母のことを言われた紗雪には、どうしようもできないことだった。
 そんな紗雪の状態を、二年生も担任となった石川先生は心配してくれた。毎日夜に電話をかけてくれて、心のケアをしてくれた。本当に石川先生は良い先生だったと紗雪は思う。
 一方、紗雪の父は母が亡くなってからも仕事ばかりで、紗雪にかまうことがほとんどなかった。慣れっこだったとはいえ、流石の紗雪も父の行動に違和感を覚え始めた。
 母はずっと言っていた。紗雪のパパは凄い人だと。その言葉をずっと信じていた。だけど今は信じられない。信じたくても父の姿を見ても凄いと思わない。
 もし母の言う通り、父が凄い人なら。紗雪の抱えている悩みや苦しみを解決してくれるはずだ。でも父は解決してくれない。仕事ばかりで今までずっと紗雪にかまってくれなかった。母はどうして父が凄い人と言ったのか。考えてもわからなかった。
 不登校になってから一ヶ月が経ったある日。母の部屋を掃除していた紗雪は、ホオズキのシールが貼られた日記帳を見つけた。一ページ目を開くと、懐かしい丸文字が紗雪の目に入ってきた。
 間違いない。母の字だ。
 そう確信した紗雪は、日記帳の中身を一ページずつめくっていく。そこには紗雪との出来事が多く書かてていた。
 水族館に行ったこと、誕生日にケーキを食べたこと。幼稚園で転んで泣いていた紗雪を迎えにいったこと。どれも紗雪とのことが書かれていた。
 暫くページをめくっていると、母の文章に変化が見られた。
 今日は体調が優れなかった。
 今日は風邪をひいてしまった。
 今日は精神的に疲れてしまった。
 日記帳の後半は、母の体調についてばかり書かれていた。
 この時に何かあったのかもしれない。紗雪は変な違和感を覚えた。そして今までとは違う文章が目に入った。

「ボンドは私達家族を離れ離れにする、麻薬のようなものだ」

 日記帳は母が刑務所に入る前日まで書かれていた。最後まで見終えた紗雪は、日記帳をゆっくりと閉じた。結局日記帳に父のことは一切書かれていなかった。