ボンド。英語で「結合」を意味するbondが由来となっているこの言葉を、今や日本で知らない人はいない。今から二十一年前の二〇三〇年。堀風大学に勤めていた星野誠司(ほしのせいじ)が、血液の液体成分である血漿の中に「ボンド」と呼ばれる情報源がある可能性を学会で発表した。しかし発表当時の論文には、ボンドの存在を証明する明確な記載がされていなかった。そのため星野教授の発表は可能性の話で終わり、世間に広まることはなかった。
 しかし四年後の二〇三四年。ボンドの存在を証明する詳細なデータ収集に成功した星野教授は、データに基づいてボンドの存在を次のように定義した。

『ボンドとは、異性との繋がりや結びつきの強さを示す鍵となる情報源である』

 星野教授の発表は人々を震撼させる十分な威力を持っていた。互いのボンドを知ることにより、一番相性の良いパートナーを見つけることが可能だと言っているようなものだから。それからというもの、容姿や性格といった恋愛をする上で判断材料となる条件の一つに、ボンドも加えられるようになった。
 もし好きな人が自分と相性の良いボンドだったら。
 色恋沙汰に強い興味を示す高校生にとって、恋愛に関わるボンドはまさに夢のような存在。そのボンドを特例でいち早く知れるのだから、こうして教室内がボンドの話題で持ちきりになるのは、太一にも容易に想像できた。
「うーん、塩素型。思ってたのと違ってた」
「私は……やった、酸素型!」
「リチウム型……これってどうなんだ?」
 元素名が太一の耳に入る。当然、今は化学の授業などしていない。それでも生徒達が元素名を口にするのには、ボンドの理論を語る上ではなくてはならないからだ。
 星野教授の論文によると、まずはじめに全ての生物種は性別によって分類が別れる。男子は陽性、女子は陰性。この違いに加え、同性内でも血漿の成分中にあるボンドの種類が各々異なる。その数は男女ともに五種類ずつと言われており、研究が進めばさらに細かく分けることも可能らしい。
 例えを出すなら、さっきのクラスメイトが口にしていたボンド。男性が言ってたボンドはリチウム型だった。これを周期表に当てはめると、第二周期に属する。これがリチウム型、2―1と表記されるボンドの先頭の数字になっている。
 では後の1という数字は何か。ここで化学結合の理論が登場する。