ナオさんと歩きながら、ふと一つの花に目が留まり、「あ」と声を発した。「あの花綺麗」

 「どれ?」と言う彼へ、「あの菊みたいな花」と答える。

 「ダリアだね」

 「あ、そうなんだ。なんか、図鑑で見たときと違う気がする」

 「そう?」

 「なんだろう、色味とかですかね」

 「かもしれないね」

 「花言葉、いっぱいあるんですよね。感謝とか清華、華麗なんかから、裏切りとか不安定とか」

 「そうそう」

 「一つの花にそんなにいっぱい意味込めます? 受け取った人、戸惑っちゃいますよ。どういう意味でくれたんだろうって」

 「それらの花言葉には、かの有名なナポレオン・ボナパルトの妻、ジョセフィーヌのお話があるんだって」

 「へええ。どんな話ですか?」

 「彼女はダリアが好きだったんだって。そして、当時珍しかったそのダリアを宮殿で咲かせ、他の貴婦人を呼んでパーティを開いては、それを彼女らに自慢したんだと。ジョセフィーヌは、他人にそのダリアを求められても決して渡さなかった。そんな中、ある人物が球根を盗み、自宅の庭で花を咲かせる。そんな頃に、ジョセフィーヌは自慢するだけ自慢して、すっかりダリアに関心がなくなってしまう。そんな出来事から、移り気や裏切りとの花言葉がついたそうだよ」

 「へええ。なんか、ダリアとしては悲しい話ですね」

 「この話には、僕が知る限り、ジョセフィーヌがダリアにすっかり興味がなくなってしまったという形と、――球根を盗んだ人がいたでしょう」

 「はい」

 「それが、パーティに呼ばれていた貴婦人の一人という形があるんだ。その場合、貴婦人は、ジョセフィーヌの庭師をお金で釣って球根を手に入れて、自分の庭でダリアを咲かせる。やがてそれを知ったジョセフィーヌが庭師を解雇するっていう話になるんだ。この形で、裏切りとの花言葉がついたんだって」

 「へええ、すごいなあ……」

 「ジョセフィーヌはただ、珍しい花を咲かせた自分に酔っていただけなのかもしれないね」
 
 「悲しいなあ……。ダリア、綺麗なのに」

 「まあ、そのダリアも後に、美しいその姿から『華麗』とか『優雅』、『気品』なんて花言葉を身に着けてるからね」

 「あ、裏切りとか移り気の後に、そういう綺麗な言葉がついたんですね?」

 「そうみたいだよ」

 「へええ。えっ、不安定とかは?」

 「不安定は、フランス革命後の不安定な情勢に由来するみたいだよ。その頃に流行したってことで。感謝は――」なんだったかな、とナオさんは呟く。ああと声を発すると、「不安定と同じようだったかな。情勢が不安定な中に流行ったから」

 「それで感謝なんですね」

 「皆の癒しだったのかなと僕は考えてる」

 「ああ、なるほどね」

 しかしよく知っているなと心底感心しながら、ナオさんの横顔を見上げる。