「君は、恋人はいる?」ナオさんは庭木――ブナと言っていたか――を眺めて、穏やかに声を発した。

 「セクハラってやつですか?」

 「そうかもね」

 「いないですよ。恋愛って、二次元だけの話なんじゃないんですか?」

 ふふ、とナオさんは笑う。「君の口からそんな言葉を聞くとは思わなかったよ」

 「そうですか? わたしをいいように見てくれる人なんて、高校時代のナオさんくらいですよ」

 「おや。僕は今も、君を素敵な人だと思ってるよ」

 「照れますね」夏の暑さが倍増するようだった。羊羹を適当に切って口に入れると、心地よい甘酸っぱさが口内を満たした。羊羹とは言っても、それらしいのは食感だけで、感覚としてはグレープフルーツの固いゼリーのようだ。それでも日本茶に合うあたりに、和菓子屋の商品らしさが滲んでいる。

 「君、異性によく好かれそうな容姿だし、もてるんだと思ってた」

 「そんなことないですよ。内面だって、どこか男性的ですし。ちゃんと女の子らしいところといえば、男の人を好きになるところくらいです」

 「そうか」とナオさんは言う。どこか複雑な声色だった。

 「君は? どんな男性が好きなの?」

 「どんな……。まあ、優しくて、穏やかで、大らかで……朗らかな……」

 「それは素敵な人だ」とナオさんは笑う。

 「ナオさんは? どんな人が好きなんですか?」

 「僕は……」ふふ、と彼は笑う。「少し変わってるよ」

 「バスケット選手とかバレー選手くらい背が高い人とか?」

 「うーん」と、ナオさんは楽しむように唸る。おかきを口に入れては、ぽりぽりといい音を鳴らす。

 「ボディビルダーみたいに鍛え上げられた人が好きとか?」

 ナオさんは同じように唸る。

 「あ、ずば抜けてめんどくさがりな人とか。母性本能ならぬ父性本能がくすぐられる、みたいな」

 「こればかりは、誰にも当てられない気がするなあ」

 「ええ、そんなに変わった好みとかあります? 他に同じ好みの人とかいました?」

 「いない」きっぱりと返ってきた。

 「ナオさんはそのままに、それを当てる側だったら当てられると思いますか?」

 「ううん」と、彼はかぶりを振る。

 なんだろうなあ、と、わたしは皿を置き、顎に手を当てた。好みの傾向が同じであっても当てられないほど、変わっている――そんな好みが存在するのだろうか。世にはたくさんの人がいる。三者三様、十人十色、百人百様という言葉があるように、十人の人がいれば、十の感じ方、考え方、趣味嗜好がある。その中には――。

 「わかった、世間一般に言う『美人』の枠に入らない人」

 「うーん……惜しいと言えば惜しいのかな」

 「ほう。なんだろう……」

 「君にとって、恋や愛って、どんなもの?」

 「え? ええっと……」

 恋とはなにか、愛とはなにか。辞書に載っているのとは違うなにかがあるはずである――。わたしが常日頃から学んでいる考え方ではないか。恋とはなにか、愛とはなにか――。ちなみに、愛は国語辞典に、家族などがいつくしみ合う気持ち、いとしいと思う心、個人的な感情を超越した深く温かい心、などとある。また恋は、特定の人に強く惹かれること、土地、植物、季節に――はっとした。ナオさんの方へ目をやると、彼は穏やかに微笑む。

 「君、暇?」と問う静かな声に、「ええ、まあ」と曖昧に頷くと、彼は「じゃあしばし、変わり者のお話でもしようかな」と、また穏やかに言った。そばの大きな球を手に取り、器用に作業を進める。球の表面に糸の通った針を通し、引いている。