森の中に静かに佇む、一見こぢんまりとした神社。それは鳥居を潜ると、たちまち池に浮かぶ巨大な朱色の神宮へと姿を変える。

 広い境内には年中枯れることのない桜が咲き誇り、神宮に続く大きな橋の下には黄金の鯉。夜になると空にはひっきりなしに星が流れる。

 この浮世離れした場所こそ、神世と呼ばれる神様の住まう世界。この神宮は人の願いを叶える桜月神社の奉り神――朔の御殿だ。

そして私――芦屋 雅は神様である朔の妻で、千年に一度現れる奇跡の魂の持ち主。

 私の魂や血、涙などの体液は力を与えるだけでなく、酒のようにあやかしや神様を酔わせるのだとか。ゆえにあやかしや神様に狙われることが多く、初めは守ってもらうために不本意で朔の花嫁になった。

 けれど、今は違う。人ならざる者が見えるというだけで、両親や周囲の人間から気味悪がられてきた私を朔が孤独から攫ってくれた。

『お前、大人になったら――俺の嫁になれ』

 幼い頃、桜月神社で朔と出会い、交わした約束。朔はそれをずっと忘れずにいて、私を待ち続けてくれていた。

 普段は尊大な態度ばかりが目について、なかなか気づけなかった彼の優しさ。それに触れたらもう、好きにならずにはいられなかった。彼がたとえ、人でなくても――。

 心を失いかけたり、過去をやり直したり。さまざまな障壁を乗り越え、私たちはようやく本当の夫婦になれた。そう思っていたのに、なのに……これはどういうこと!

 本殿から離れたところにある、だだっ広い和室。そこには一枚の布団が寂しくぽつんと敷かれている。