ラブコメの定番に「幼馴染」というポジションがある。巷では負けヒロインなどと呼ばれているそのポジションだが、俺はそれを断固否定したい。

幼馴染というのは、ヒロインとして完成された存在なのだから!!!!!


…なぜそんなことを言い出したのかの説明をしよう。何を隠そう、俺久山徹(ひさやまとおる)には幼馴染がいる。名前は名倉涼香(なぐらすずか)といい、学校の生徒に可愛い女子を挙げさせると5番以内には必ず入るほどの美少女。かくいう俺も彼女には並々ならぬ気持ちを抱いている。それもずっと昔から。さっき5番以内と言ったが、俺にとっては永遠の1番である。寧ろ涼香以外に可愛い女子を挙げろと言われても思いつかないな。


さて、幼馴染ポジションの子というのは、大抵は疎遠になったりモラハラをしてくるらしいが、涼香と俺は一切そういうことがなかった。

というのも、涼香は小学校の頃に、疎遠になる原因の「思春期」という存在を軽々と捻り潰した上で現在に至るのだから。

きっかけは小学校の女子の一言だったと思う。


「あんたら本当仲いいよねー。ねぇ、男と女がずっと一緒にいることを『付き合ってる』っていうんだよ?そんなにずっと一緒にいるってことはさー、付き合ってるの?」


その煽りに対し、俺は「違う」と言いかけたが、涼香は俺が何か言う前に


「そうだよ?もう結婚の約束もしてるもん。ねー!」


と言って、煽った子をたじろがせたのだ。結婚の約束は事実だったので頷くしかなかった。恥じらいのないその姿に、幼馴染ながらカッコよさを感じたのを今でも覚えている。


かと言って、ざまぁされがちな幼馴染のように俺のことをこき使うようなこともなく、寧ろ献身的に色々と尽くしてくれているまである。ほら、今朝だって…。


「徹!早く起きなよ。遅刻するよー!」


涼香が俺のことを揺すって起こしてくれている。わざわざ早起きして俺の家まで来てくれたらしい。毎日こういうことをしてくれるのだ。モラハラとは真逆の存在と言っていいだろう。


「お、おう。いつもありがとうな。」

「日課ですから。」


涼香は胸を張ってそう言った。そんな動きをしたら、ああ、揺れて…。男子高校生にとって朝から目に毒なので自重してほしいものだ。


その後、軽く身支度をし、涼香と共に朝ごはんを食べ、登校する。

こうして登校出来るのは幼馴染の特権なんだろうな。でも、もっと近い存在になりたい。

そう、俺は涼香と彼氏彼女の関係になりたいのだ!

そのために、今日はラブレターも用意してある。といっても、


『放課後、体育館裏に来てください』


と書いただけだけれども。誰のものか分からないようにするために筆跡も誤魔化した特製ラブレター。これを涼香の机の中に入れて放課後に告白するという作戦である。数多の男子が挑み、玉砕してきている涼香への告白。幼馴染だからといって成功するとは限らないだろう。しかし、ここで告白しないままズルズル行くのは男としてどうかと思う。この関係が崩れてしまうかもしれないが、気持ちを隠し続けるのなんて無理な話だ。しっかりと精算せねば。


「どうしたの?考え事?」


涼香が俺の顔を覗いてきた。ストレートな黒髪が揺れ、丸い目が俺の顔をじっと見つめている。

今日告白することを考えると、恥ずかしくなってきた。顔に血が集結するのを感じる…。


「あ、顔が赤くなった。大丈夫そうだね、いつもの徹だ。」

「…見んなよ。」


赤い顔を見てニヤリとした涼香に向かって、口が悪くなってしまう。


「…え、嫌だった?」

「…嫌じゃないけど、恥ずかしいっていうか…。」

「今更でしょ。何恥ずかしがってんのさ。」


ケラケラと笑う涼香。楽しそうな笑顔が、俺の心を癒してくれる。そんな顔も、今日の返答次第では見れなくなるんだろうな。そう考えると、胸が苦しくなる。

それを隠すように、涼香に質問していた。


「何で、涼香は、告白全部断ってるんだ?」

「は?」


涼香が「何言ってるの?」という顔で見てくる。その顔も、とっても愛おしくて、答えを聞かなくてもいいかなと思ってしまった。


「徹、今日どうしたの?何か熱でもある?」


涼香の掌が俺の額を捕らえる。急に触られて、顔が熱くなるのを感じた。


「そんなので顔赤くしたら熱かどうか分かんないじゃん、もう。行くよ!」


涼香は俺の手を引いて校門へと駆け出した。今、手を繋いでいる状態だよな。それを考えると、顔の熱が一切引いてくれない。いや、手はよく繋いでるんだよ。俺が勝手に意識しているだけであって、涼香にとってはこれが平常運転。そりゃ不思議がられるよな。告白されるなんて知らないんだから。


涼香に、俺のことをどう思っているのかを聞いても良かった。でも、告白の前にそんなことを聞くなんて、反則のように思えてならない。さっきの質問だって俺のギリギリを攻めたものだ。まぁ答えてもらえなかったんだけどね。


教室に入ると、涼香の友達が絡んできた。


「おはよう。今日もお熱いですねぇお二人さん。」

「もう、からかわないでよぉ。おはよ!」

「…おはよう。」


気付けば、ずっと手を握ったまま登校していた。それに気付いた俺は慌てて手を離す。


「あれ?久山くん、今日なんか付き合いたてみたいな反応してるね。」

「そうなの。今日の徹ちょっとおかしいんだよね。」


手を意識しすぎて、俺の耳には2人の会話が入ってこなくなっていた。何か失礼なことを言われてそうなのは感じるが。


「倦怠期の逆じゃない?」

「はは。何それ。」


本当になんだよ、逆倦怠期って!それこそカップルみたいじゃないか!いや確かに俺はそういう関係になりたいんだけどさ!


チラッと横を見ると、涼香は平然とした顔をしている。今の言葉を聞いて照れすらしないって、やっぱり俺は男として認識されていないのかな。

…ずっと友達として関わってきたから、男とすら認識されていないのかも。そうじゃなきゃ、部屋まで来て起こしてなんてくれないよな。

いや!弱気になるな、久山徹!俺は涼香とそういう関係になりたいんだ!このくらいでへこたれてはいけないだろ!

俺は、涼香に、男として認識してもらう!


俺は涼香の方を向いて宣言する。


「涼香!俺、男になるよ!」

「え、女だったの?」

「いや違うけど。」


バッサリと一刀両断されてしまった。ぐぬぬ、これくらいでめげてたまるもんか!今日の放課後までに、何とかして男としてカッコいいと思わせるんだ!


その狙い目となるのは5限目の体育だろう。今日は確かバスケットボールだった気がする。体育は本来男女で分かれて行われるのだが、バスケットボールの場合は体育館を男女で半分に分けて行われるため、涼香に見てもらうチャンスは十二分にあるのだ。

あとの授業は、まぁ関係ないか。隣の席なら涼香のサポートをしてあげられるんだけど、生憎俺は最後列で涼香は最前列。自分のくじ運を呪いたくなるぜ。


午前の授業が終わり、昼休み。涼香が俺の席にやってきた。


「お弁当食べよ!」

「よし、食べるか。」


俺の弁当は涼香のお手製。両親が共働きの俺のために、わざわざ作ってきてくれるのだ。

美少女の手料理を食べるので、クラス中の男子から怨嗟のこもった目を向けられるが、これはもう慣れたもの。幼馴染特権を濫用してすまんねとだけ言っておこう。ふふふ、俺と君たちはステージが違うのだよ。


しかし、今日の俺は一味違う。いつもなら弁当を食べて終わりだが、今日は涼香に男として認識してもらわないといけないのだ。だからこの弁当を利用して、恋人っぽいことをやってみようと思う。題して、「擬似恋人で意識してもらおう作戦」!!

俺は弁当に入っていた卵焼きを摘んで、涼香の方へと向ける。所謂「あーん」というやつ。


「涼香、はい。あーん。」


涼香は、俺の手元を見てニヤリと笑う。


「あーんってやつ?へー、私とそういうことがやりたいんだ。いいよ。はむ。」


涼香は、名前の通り涼しい顔で卵焼きをぱくつく。

くそっ、失敗か!さすが伝家の宝刀幼馴染。世間一般のカップルの行動ごときでは意識させることなんて到底無理だったのか!負けヒロインになる理由が垣間見えた気がした。あれ?でもこの場合負けるのって俺なのでは?俺は負けヒロインだったのか…。


「ねぇ、徹。ほら、あーんだよ。私のは食べてくれないの?」


そんな馬鹿なことを考えているうちに、涼香は俺の方にミートボールを向けていた。

…え?俺にもやれと?そんなことしたら流石に周りの目が…。ほら、ちらほら「殺す」って聞こえるよ!

クソっ、美少女に喧嘩を売ったらこうなってしまうのか!

軽率な行動をした過去の自分を殴りたい。ああ、突然タイムマシンがどこからか現れたりしないのだろうか。


「ねぇってば!私にあんなことさせて自分はしない気なの?ズルいよ、徹。」


ヤバイ涼香の機嫌がちょっと悪くなってしまっている。ええい、背に腹は変えられぬ!

そもそも嫌ってわけじゃないし。好きな人にあーんってされるんだよ?嬉しいに決まってるじゃん。

というわけで、俺は涼香に差し出されたミートボールを食べた。クラスからちょっとした歓声が聞こえた気がするが、無視。


「ふふん、それでよろしい。どう、美味しい?」

「めちゃくちゃ美味しい。さすが涼香の料理だ。」


涼香が差し出したミートボールは俺の大好物である。特に、涼香は俺の舌に合わせてタレを作ってくれているので、世界一美味しいと言っても過言ではない。


「えへへ、やっぱり褒められると嬉しいな。」


ミートボールを褒められて喜ぶ涼香の笑顔を見て、今日の告白を絶対に実行すると決意を固めた。


弁当を食べ終わり、雑談タイム。しかし、涼香はいつも昼休みのどこかのタイミングでトイレへ向かうために教室から出て行く。いくら可愛くても涼香はアイドルではないためトイレは欠かせない。え?アイドルもトイレに行くって?それは言わないお約束。


とはいえ、このタイミングはチャンスである。俺はこっそりと涼香の机の中にラブレターを差し込む。体操服に着替えるために散るとはいえクラスにはまだ人がいるので、目を盗んでこっそり。

よし、ミッションコンプリート。


「私の机の前で何してるの?」


と、思ったら涼香がトイレから帰ってきてしまった。マズい、どうしよう…。入れてる所見られてないよね?

俺は脳みそをフル回転させて返答する。


「いや別に?6限目古典じゃん。黒板写してなかったからノートを拝借しようかな、なんてね。」

「それならちゃんと言ってから借りてよね!無断で取っちゃダメ。」


そう言って机の中を漁る涼香。よかった、ラブレターを入れる現場は見られていないようだ。それにしても、咄嗟に考えたにしては我ながらなかなかの言い訳だったように思う。


「…ん?ああ、またか。ごめん徹。今日ちょっと用事があって遅れるからさ、帰り待っててくれない?」


涼香は俺のラブレターを見つけるとそう言った。今日一緒に帰るのは涼香の中では確定なのね。その手紙の差出人が俺だとは知らずに…。


「にしてもなんで未だにこんなことしてくる人がいるのかねー。こんなに断ってるってのに。私と付き合えるわけないのにね、ねー徹?」

「ソ、ソウデスネ、ハハハ…。」


何故だろう。まだ告白していないというのに振られた気分なんだが。今のは聞かなかったことにしておこう。よし!私は何も聞いていない!


「どしたの?やっぱり今日ちょっと変じゃない?」

「そんなことないよ。ほら、早く着替えないと、体育に遅刻するぞ。」

「徹こそ、今からノート写すんだから急がないとだよ?はい、ノート。」

「サンキュな。」


気遣いありがとう、涼香。しかしすまんな。ノートは全て写してあるんだよ。
そんなことが言えるわけもなく、昼休みは過ぎていく。

次は体育の授業。メインディッシュのバスケットボールの時間である。

俺は中学の頃バスケ部だったので多少腕に自信がある。


準備体操諸々を済ませると、早速試合をすることに。

俺のチームが試合に出る時、女子の方は涼香のいないチームが試合をするようだ。そのおかげで涼香は俺のチームの試合を眺めてくれている。女子の試合ではなくこっちを見てくれていることに感動しながらボールをドリブルしていく。

華麗にディフェンスを避け、スリーポイントシュート。決まった…!

涼香の方を見ると、こちらに手を振ってくれていた。ボールがゴールに入るのを見た涼香は親指を上げてグッドポーズ。

お!これは俺の株が上がったのでは?

涼香から元気をもらった俺は、過去最高の活躍を見せることになった。


「今日の徹めちゃくちゃ調子良かったね!」


体育が終わって教室へ帰る道のりで、涼香が話しかけてきた。


「ありがと、涼香。俺、カッコよかったかな?」


ついそんなことを聞いてしまうほど、俺のテンションは最高潮。

俺の問いに対し、涼香は首を縦に振って答えてくれた。


「うん、めちゃくちゃカッコ良かったよ!惚れ直した!」


惚れ直した、か。冗談だとしても嬉しいな。

俺はニマニマしながら6限目を受けることになり、古典の先生から気味悪がられた。


そしていよいよ、待ちに待った放課後。涼香が去っていくのを見届けた俺は、体育館裏へと向かっていく。

俺は今から涼香に告白する。足の震えが止まらないが、これは武者震いだ。自分を奮い立たせるため、両頬を叩いて気合を入れる。

頑張れ久山徹!ここで退いたら男が廃る!

体育館裏へ到着すると、そこにはキョロキョロと辺りを見渡す涼香がいた。


「あれ、誰かと思ったら徹?え、徹が呼び出したの?」


俺を見つけた涼香は、俺に問う。


「ああ、涼香。話がある。」

「…そっか。うん。今日徹の様子がおかしかったのってそのせいだったんだ。でも急すぎるよ…。」


涼香が少し寂しそうな顔になった。何でだろうか。告白されたくなかったのかな。


「ああ、ずっと言おうと思っていたことだ。」

「ずっと…。そうなんだね、気付かなくてごめんね。ずっと、我慢させてごめんね。」


涼香は、そう言って深呼吸をした。覚悟が決まったようだ。


「今になっても、何が原因かなんて分かんないや。正直耳を塞いでいたい。でも、こうなってしまったなら仕方ないよね。いいよ、言って。」


原因って何のことを言っているのだろうか。

よく分からない。けど、ひどく落ち込んでいるのはわかる。だからこそ、早く終わらせなければ。これは涼香の気持ち如何で取り下げていい問題じゃない。

何はともあれ、ここまで来たんだ。もう言うしかない。


「涼香。俺はずっと、お前のことが好きだった。出会った時から、ずっと。」

「うん、知ってる。」


ん?知ってる?そうか。ずっと一緒にいれば俺の気持ちくらいは分かるよな。

でもさっき「気付かなくてごめんね」って言ってたと思うんだが。

いや、そんな細かいことは今はどうでもいい。全てはこの一言を言うため。そのために、今この場がある。


「だからさ、俺と、付き合ってください!!」

「…は?どういうこと?」


え?何で聞き返されたの?


「…私たち、もう付き合ってるよね?私はてっきり別れ話かと思ったんだけど…。」

「…付き合ってる?俺と、涼香が?」

「うん。え、何?どうしたの?記憶喪失?」


ちょっと涼香が何を言っているのか分からないので整理しよう。どうやら俺と涼香は付き合っているらしい。そして、涼香は俺に呼び出されて、別れ話を切り出されると思ったようだ。

…あれ?涼香は誰と付き合ってるって?え?俺と?


「えええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇええええええ!?!?!?!?!?!?!?」

「いや、何でそんなに驚いてるの!?」


…どうやら、俺はずっと涼香とお付き合いをしていたようです。


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「あはは!!!じゃあさ、これまでずっと付き合ってないって思ってたってこと?」

「いや、ちゃんと告白してなかったからさ。そりゃ付き合ってるだなんて思わないよ。」


ひとしきり驚いた後、俺と涼香は自分の認識を話し合った。どうやら、涼香は小学校の時に「結婚の約束もしている」という会話をした時点で俺と付き合っているという認識だったらしい。


…ちゃんと告白してないのに、何ていう勘違いなんだよ。


「なんか寂しいな。だってさ、これまでの私の徹大好きアピールが全く伝わってなかったってことじゃん。」

「…誠に申し訳ございません。」


しかし、あれだけ献身的に行動してくれているにもかかわらずこれまで告白していなかった自分にも非はある。それは認めなければならない。


「でも一つだけ、嬉しいことが分かった。」

「嬉しいこと?」

「そう!だってさ。これまで付き合ってるって思ってなかったのにも関わらず、一切浮気しようという素振りを見せなかったんだよ?それってさ、もう私にぞっこんってことじゃん。彼女冥利に尽きるって思うなー。」

「…それもそうか。確かに、俺は涼香以外のことを好きになったことはないな。」

「それは私もだよ。ずーっと、徹だけが大好き。」


勘違いに勘違いを重ねて過ごした数年間は、かえってお互いの気持ちを強く結びつける結果になった。


「…でも、俺はこれまで涼香に告白してなかったんだよ。だから、返事をしてくれないかな?」

「改まってってことだね。」


そう言ってニカっと笑った涼香は、姿勢を正して俺の目を見つめる。その表情は、真剣そのもの。


「不束者ですが、これからもよろしくお願いします。」


そんな涼香から発せられた返事に、思わず吹き出してしまった。


「なんか結婚するみたいだな。」

「もう、真剣に言ったのにー!いいじゃん、いつか私と結婚するんでしょ?そういう約束なんだからさ。」

「ああ、結婚は時間の問題だな。」


夕陽に照らされた体育館を眺めながら笑い合う。

これからどんな試練が待っていようと、涼香と一緒ならきっと乗り越えられる。

茜色に染まった彼女の横顔を見ていると、なんだかそんな気がしてきた。


「これからもずっと一緒にいようね、徹。」

「ああ、死ぬまでな。」

「何だかプロポーズみたいな台詞だね。」

「プロポーズなら何年も前にしてるだろ。」

「…それもそうか。」


…それにしても、なんつーすれ違いなんだ。

棒に振ったと思われる中学の3年間を考えながら流した涙が、涼香に見つかることはなかった。