翌日。
 太田川は、初めて学校を休もうかと思った。
 が、仕事を終えて朝方に帰宅して、疲労困憊でベッドにダイブして眠る母親を見て、考えを改めた。
(母さんは、必死に働いてくれている……僕のために……)
(学校……行かなきゃ……)
 昨日、予想外に橋で一森と出会った事件は、未だに尾を引いていた。
 本当なら、「意外に明るい色の可愛い自転車に乗っているんだな」、などと、楽しい感想を持つことが出来たのだろうが、如何せん、齢十六にして、“野外お漏らし”を見られたのだ。そんな余裕は無かった。
 自分のために必死に働く母親を見て登校しようと決意した彼だったが、学校に着く直前には、帰りたい気持ちで一杯になっていた。
 あれだけ毎日会いたがっていた一森に、今日だけは会いたくなかった。
 どんな顔をすれば良いのか分からなかった。
 こんな気持ちは初めてだった。
 だが、教室に入り、一森の後ろ姿を見た瞬間――
 吹っ切れた。
(何が『僕の恋は、終わった』だ!? 最初から、この恋は終わってたんだ。元々、一森さんに告白なんて出来る訳がなかったんだ。僕は、毎日授業中にトイレに駆けて行く男だ。本当は小便だけど、大便だっていつもみんなに思われてる“うんこマン”だ。そんな奴に告白されて、一体誰が喜ぶってんだ!?)
(その状態から“小便漏らし太郎”に変わっただけだ。何も変わってないじゃないか! いや、むしろ、“うんこマン”から“小便漏らし太郎”に変わったなら、大便から小便へと、少しだけマシになったと言えなくもないさ! ハハ。ハハハハ………………)
 この日の午前中の四時間の授業の間、太田川は、一度も一森の方を向かなかった。