日本の歴史のなかで、特攻隊はどのように記録されるだろうか。終戦から数年しか経っていないのに、特攻隊員は哀れな犠牲者に過ぎないと言う人がいるのだから、将来の日本ではそのような見方が一般的になるのかも知れない。敗北必至となっても戦争を続けたのは、指導者たちが保身を考慮したためらしいと聞いたが、それが本当であったなら、特攻隊員や原爆被災者など多くの国民が、指導者たちによって犠牲にされたことになる。たとえそうであったとしても、良太さんの戦死を無駄にしたくない。特攻隊のことを歴史にしっかり書きとどめ、反戦と平和に役立つようにしておきたい。
もしも良太さんが生き残っておいでだったら、あの戦争や特攻隊をどのようにふり返られるだろうか。今の日本で生きておいでになれば、あの頃とは考え方も変わるだろうが、良太さんなら絶対に、特攻隊員の戦死を無駄なものだったとは思われないはずだ。それどころか、日本人の誇りを体現し、敗戦後の日本のために命を捧げた者として、特攻隊員たちに敬意を抱かれるはずだ。特攻機で出撃した人たちも、人間魚雷などで出撃した人たちも、決して無駄に死んだのではない。
そうであろうと、良太さんには生きて帰ってほしかった。特攻隊さえ無ければ、良太さんは生還できたかも知れない。特攻隊を出撃させた人たちを私は許すことができない。戦争を起こした人たちも、そして、負けることがわかっていながら戦争を続けさせた人たちも、私は決して許さない。
あの戦争は、すさまじいほどの犠牲と、言葉に尽くせないほどの悲劇と悲しみをもたらした。戦争が人間を不幸にすることは明白なのに、この国はあのような戦争を始めた。そのことを悔いる私たちの今の気持が、いつまでも明確な形で伝わるようにしておきたい。そのために必要なものこそ、良太さんが提唱された大きな墓標だ。あの戦争をふり返るための象徴。戦争を否定するための象徴。そして、戦争を起こす人間について考えるための象徴。
忠之の声が聞こえた。「この辺りで引き返さないか。どうする、千鶴さん」
予定していた出発時刻を過ぎていた。次の訪問先に向かうことにして、3人は滑走路の跡に沿って復路についた。
滑走路の端までもどると千鶴の足がとまった。耳の奥でいきなり爆音が聞こえた。記憶の奥から甦ってきた零戦の爆音。谷田部航空隊の面会室で、不安におののきながら耳にしていた零戦の爆音。
南の空に眼をやると、先ほど眺めたときと変わりなく、白い雲がつらなっている。良太さんの飛行機はあの雲のかなたへ消えたはず。私は先ほどこの場所で、良太さんをしっかり見送ったのに、耳の奥にはいまもなお、谷田部で聴いたあの爆音が残っている。
千鶴は心のうちの良太に告げた。「あなたの飛行機を見送って、あなたに別れを告げたはずなのに、あなたはこれまでと変わりなく、私の中にまだおいでです。このような私ではありますけれど、あなたが望んでおられたように、幸せになるよう努めます。あなたのためにも私は幸せになりたい。なっとくできる人生を送れるように、がんばって生きてゆきます。不思議な夢を見ることができた良太さんですもの、いまの私も見えていることでしょう。私が幸せになるのを見守っていてくださいね」
千鶴の気持に応えるかのように、雲の縁が明るくなってゆく。輝く雲を見ながら千鶴は思った。良太さんが応えてくださったみたいだ。私も良太さんの気持に応えなければならない。どんなことがあっても私は絶望してはいけない。希望を抱いて生きてゆかなければならない。
千鶴は南の空から眼をはなし、洋子と忠之に笑顔を向けた。
「ごめんなさいね、お待たせして。大切なことが残っていたのよ、ここでしかできないことが」
つぎの訪問先に向かうことにして、三人は飛行場の跡をはなれた。
小川のほとりを歩いていると、はるか上空から鳥の声が聞こえた。良太さんがこの道を歩まれたときにも、このようなさえずり声が聞こえたことだろう、と千鶴は思った。
千鶴はあたりを見まわした。川べりの草をゆらして風が流れる。麦に覆われている畑を緑の波がわたってゆく。レンゲソウは今が花ざかりだ。
穏やかな日ざしに映えるその風景が、千鶴の眼にはどこかしら懐かしいものに映った。
もしも良太さんが生き残っておいでだったら、あの戦争や特攻隊をどのようにふり返られるだろうか。今の日本で生きておいでになれば、あの頃とは考え方も変わるだろうが、良太さんなら絶対に、特攻隊員の戦死を無駄なものだったとは思われないはずだ。それどころか、日本人の誇りを体現し、敗戦後の日本のために命を捧げた者として、特攻隊員たちに敬意を抱かれるはずだ。特攻機で出撃した人たちも、人間魚雷などで出撃した人たちも、決して無駄に死んだのではない。
そうであろうと、良太さんには生きて帰ってほしかった。特攻隊さえ無ければ、良太さんは生還できたかも知れない。特攻隊を出撃させた人たちを私は許すことができない。戦争を起こした人たちも、そして、負けることがわかっていながら戦争を続けさせた人たちも、私は決して許さない。
あの戦争は、すさまじいほどの犠牲と、言葉に尽くせないほどの悲劇と悲しみをもたらした。戦争が人間を不幸にすることは明白なのに、この国はあのような戦争を始めた。そのことを悔いる私たちの今の気持が、いつまでも明確な形で伝わるようにしておきたい。そのために必要なものこそ、良太さんが提唱された大きな墓標だ。あの戦争をふり返るための象徴。戦争を否定するための象徴。そして、戦争を起こす人間について考えるための象徴。
忠之の声が聞こえた。「この辺りで引き返さないか。どうする、千鶴さん」
予定していた出発時刻を過ぎていた。次の訪問先に向かうことにして、3人は滑走路の跡に沿って復路についた。
滑走路の端までもどると千鶴の足がとまった。耳の奥でいきなり爆音が聞こえた。記憶の奥から甦ってきた零戦の爆音。谷田部航空隊の面会室で、不安におののきながら耳にしていた零戦の爆音。
南の空に眼をやると、先ほど眺めたときと変わりなく、白い雲がつらなっている。良太さんの飛行機はあの雲のかなたへ消えたはず。私は先ほどこの場所で、良太さんをしっかり見送ったのに、耳の奥にはいまもなお、谷田部で聴いたあの爆音が残っている。
千鶴は心のうちの良太に告げた。「あなたの飛行機を見送って、あなたに別れを告げたはずなのに、あなたはこれまでと変わりなく、私の中にまだおいでです。このような私ではありますけれど、あなたが望んでおられたように、幸せになるよう努めます。あなたのためにも私は幸せになりたい。なっとくできる人生を送れるように、がんばって生きてゆきます。不思議な夢を見ることができた良太さんですもの、いまの私も見えていることでしょう。私が幸せになるのを見守っていてくださいね」
千鶴の気持に応えるかのように、雲の縁が明るくなってゆく。輝く雲を見ながら千鶴は思った。良太さんが応えてくださったみたいだ。私も良太さんの気持に応えなければならない。どんなことがあっても私は絶望してはいけない。希望を抱いて生きてゆかなければならない。
千鶴は南の空から眼をはなし、洋子と忠之に笑顔を向けた。
「ごめんなさいね、お待たせして。大切なことが残っていたのよ、ここでしかできないことが」
つぎの訪問先に向かうことにして、三人は飛行場の跡をはなれた。
小川のほとりを歩いていると、はるか上空から鳥の声が聞こえた。良太さんがこの道を歩まれたときにも、このようなさえずり声が聞こえたことだろう、と千鶴は思った。
千鶴はあたりを見まわした。川べりの草をゆらして風が流れる。麦に覆われている畑を緑の波がわたってゆく。レンゲソウは今が花ざかりだ。
穏やかな日ざしに映えるその風景が、千鶴の眼にはどこかしら懐かしいものに映った。