3人は滑走路の跡地にそって歩いた。日ざしは柔らかく、風は穏やかだった。
 桜の若葉が風にそよいでいる。良太さんが出撃した日は晴れていたということだから、良太さんを見送ったあの桜は、今と同じように鮮やかな若葉を見せていたことだろう。
 千鶴は桜に眼をやりながら、「岡さんに遺されたノートに歌がありますよね……桜な枯れそ大和島根に」と言った。
「時じくの嵐に若葉散り敷くも桜な枯れそ大和島根に……俺は好きだよ、この歌」
「私への手紙やノートにも歌が書かれてるけど、この鹿屋で詠まれたのは造花の歌」
 良太の法事が終わったあとで、千鶴はその歌が記されている手紙を出して、良太の家族や忠之に見せていた。
「造花に勝る花ありや……良太らしい歌だよな」と忠之が言った。
「法事のあとで、戦争を防ぐためにも歴史を学ぶべきだと話し合ったわね。岡さんはあのとき、歴史には造花に通じるところがあるとおっしゃったわ」
「良太の歌を読んだばかりだったから、こじつけみたいな言い方をしたけど」と忠之が言った。「もしも歴史の記録に偽りがあったなら、後世の人間はそこから誤ったことを学ぶわけだよ。歴史としての造花は飾り物ではなくて、貴重な人類の宝物なんだ。その造花にはしっかりと、本物の香りを持たせなくちゃな」
「世界大戦が終ったばかりなのに、中国では内戦があったし、朝鮮でも戦争が起こって、一年ちかく経った今も続いてる。どうしてかしら、つい最近の歴史からさえ学ばないで、戦争を始めるなんて」
「歴史を学ぶ前に人間を学ぶべし、ということだろう。日本は民主主義の国に生まれ変わったが、政党や政治家を選びそこねたら、国民が犠牲にされるようなことがまた起こるかも知れない。国民が愚劣な政党政治に失望しているうちに、次第に軍がのさばりだして、結局はあんなことになってしまった。戦争禁止と軍備禁止の立派な憲法があっても、平和を護るためには政治を見張ってゆく必要があるんだよ。政治のありようでどんなことが起こるか、俺たちは思い知らされたじゃないか」
「警察予備隊が作られたけど、あれは警察というより、軍隊にちかいものだと言うひとがいますよ。軍隊を持たないという憲法ができてから、まだ数年しか経っていないのに」
「ゆだんしていると、そのうちいつか、憲法そのものが変えられるかも知れないわね」
「憲法も法律なんだから、時代に合わせて改正される可能性はあるけど、国民がしっかり政治を見張っていれば、悪い方に変わることを防げるんじゃないかな。そのためには、戦前みたいな失敗をしないように、俺たち国民がよく考えて、まともな政治家を選ばなくちゃならん」
「そういう意味でも作るべきよね、良太さんが提唱された墓標を。政治の成り行きによっては戦争だって起こることを、国民に教え続けるための象徴ですもの」
「その墓標には気持ちを込めたいですよね、どんなことがあっても、戦争だけはしてほしくないという私たちの気持ちを」
「そうだよ、洋子。あの戦争がどんなものだったのか、それを一番よく知っている俺たちには、戦争を心の底から憎む気持を、歴史の中に残しておくという役割があるんだ。戦争の犠牲者や遺族たちの悲しみも、特攻隊員たちの想いも、歴史のなかにしっかり残しておこうじゃないか、二度と戦争を起こさせないために」
 ほんとうにその通りだ、と千鶴は思った。あの戦争を体験し、戦争がもたらす悲しみを痛切に味わった私たちには、後世の人に対して歴史上の責任があるのだ。岡さんが言われたように、歴史としての造花には、ほんものの香りを持たせなくてはならない。その香りが私たちの今の気持を伝えるはずだ。戦争を心の底から憎んでいる私たちの気持を。