良太は1月29日に土浦航空隊に到着し、各地の海兵団から集まってきた三千余名の仲間とともに、2月1日の入隊式にのぞんだ。
その日をもって第十四期飛行科予備学生となった良太は、支給された海軍士官の第一種軍装に身をかため、腰には短剣をつっていた。舞鶴での水兵服姿とはあまりにも異なる身なりであった。
その夜、良太は日記をつけた。
〈土浦航空隊の入隊式。予備学生として海軍士官の正装にて参列。式が終わったら直ちに訓練開始。ここでの訓練は苛烈なものと予想される。
我ながら意外に思うこと、それは第一種軍装にて整列しているときに満足感を覚えたことである。当分の間は通信が許されぬゆえ誰にも知らせ得ないが、俺が海軍士官への道に入ったことを家族の者はむろん千鶴や忠之はどう思うだろうか。〉
士官に対する憧を抱かなかった俺だが、軍に身をおくことになったからには士官になりたい。家族や千鶴はむろん喜ぶはずだ。士官になれば兵士と比較して待遇面に大きな違いがあるだけでなく、多少なりとも納得できる役割をはたせそうな気がする。とはいえ俺が目指すのは飛行科の士官だ。飛行科とわかれば家族や千鶴は喜ぶどころか不安におそわれるだろう。心の底に不安を抱えている俺だが、入隊式に臨んだときには満足感を覚えた。海軍士官の制服を着た姿を、家族や千鶴に見せたいと思った。俺には未熟で子供っぽいところがあるのかも知れない。
良太はふたたびペンをとり、数行の文章を書き加えてからノートを閉じた。
飛行科将校育成の基礎教程は、本来ならば半年間を要す課程であったが、第十四期予備学生に対しては、期間を短縮して過密教育を施し、4カ月で修了すべく計画されていた。教育内容は肉体的な訓練と座学と称される学科であった。学科は理系に関わるものが多く、気象学や物理学さらには飛行理論や力学など、良太には不得手とするものばかりであったが、必死で学んでいるうちに知識が身についてきた。誰もが必死で学ばざるをえなかった。座学の教習に続いて行われる試験の成績によっては、もとの水兵にもどされるおそれがあった。
2月20日の日曜日、夜の温習時間に良太は日記をつけた。
〈日曜日課。一週間毎に与えられる貴重な一日を、身の回りの整理と読書に費やす。
同班の相沢と雑談していると彼曰く。ここに来てから俺たちの眼つきが変わってきたとは思わぬか。貴様の眼もえらく鋭くなってきている。確かに俺たちは学生時代の名残を急速に捨てつつある。言動が俊敏になっただけでなく、表情も変わってきている。
終日を緊張のままに過ごし、命令には瞬時に反応。周囲に気をくばり、身のこなしにも一瞬たりとも気を抜いてはならぬ。かくのごとくあれば学生気分も抜けようというものだが、昨日の課業整列時、上空の練習機に眼を向けたことを見とがめられ、分隊士からきつい修正を一発。分隊士からの指導。お前は搭乗員の直接指揮官となる身である。空中戦では一瞬の油断が、お前のみならず部下の命をも奪うことになる。部下の信頼を得るために、いかなる場合に於いても将校としての態度を保つべし。確かにその通りである。頬には昨日の修正の痛みが残るが、分隊士からの戒めとして、この痛みを噛みしめるとしよう。〉
予備学生たちは、修正と称される鉄拳制裁をしばしば受けた。軍人としてあるべき姿に修正するためのものとされたが、良太には承服できない場合が多かった。
良太は久しぶりの長い日記を書きおえた。日課と試験に追われる日々が続くと、日記をつけようとする意欲が低下し、数行しか記さない日も珍しくなかった。
苛烈な訓練と教育の合間に、良太たちは適性検査をくりかえし受けさせられた。検査がひとつ終わるたびに、良太は操縦員への道に近づいた。
土浦航空隊での基礎教程では、異性との通信を禁じられていたので、千鶴へのハガキは祖父あてに出した。千鶴からのハガキは差出人が祖父の名前になり、その文字は忠之の代筆だった。ものたりなくはあっても、それに代わる手段はなかった。
3月26日になってようやく、良太たちは初めての外出を許されたが、行動範囲は土浦周辺に限られていた。
その夜、良太は日記をつけた。
〈土浦航空隊で初めての上陸。海軍とはいえ陸上にある航空隊だが、それでも隊の外に出ることを上陸と称す。
海軍士官の体面を僅かであっても傷つけてはならぬとばかりに、身なりを徹底的に検査されてから町へ向かう。航空隊支給になる弁当の白い包を腰に、同班の仲間たちと連れだって歩く。町につくなり土浦館に立ち寄り、安藤や佐山たちとしばし歓談。〉
良太はペンをとめた。土浦館を出てからの行動を記すわけにはいかなかった。
良太は次の上陸日を利用して、ひそかに千鶴と会うつもりだった。そのためには町の様子を調べておかねばならない。良太は仲間たちと別れて、あちこちに予備学生が見られる町を歩いた。
古本屋に入ってみると、老人が店番をしていた。良太が店にいた30分ほどの間に、入ってきた客はたったひとりで、まだ名前を知らない他分隊の予備学生だった。
良太は文庫本を一冊だけ買って店を出た。
本屋の横に狭い道があった。付近の住民しか歩きそうにないその道をたどると、いきなり国民学校の前にでた。良太は誰もいない日曜日の校庭を見て、ここでなら千鶴と話し合うことができそうだと思った。校庭を通りぬけて校舎の横から裏にまわると、枯れた草花が放置されたままの花壇があり、さらに進むと人目から完全に隠される場所が見つかった。古本屋と学校をうまく利用すれば、千鶴との逢瀬を楽しめそうだった。
良太はノートにペンをおろした。
〈ひとりで町を散策す。古本屋に立ち寄ったあと土浦館にもどり、お茶を飲みながら航空隊支給になる弁当を食う。故郷に送る写真をとりたいという小林につき合って、相澤や園山も一緒に写真屋に行き、軍服姿の写真をとった。〉
良太は日記を書きおえると、忠之と千鶴の祖父にそれぞれハガキを書いて、次の予定外出日が4月2日の日曜日であることを知らせた。その2枚のハガキが良太の計画を伝えるはずだった。
3月31日の夜、千鶴は書斎で日記をつけた。
〈………あさってになれば良太さんに会える。東京に近い土浦に移られたので期待していたけれど、二ヶ月待ってようやく会えることになった。もうすぐ良太さんの誕生日だから、良太さんに喜んでもらえる食べ物を持って行き、一緒にお祝いをしたい。〉
祖父と忠之に届いたハガキを読みくらべたら、良太の意図していることがすぐにわかった。古本屋の場所は大まかにしか示されていなかったが、土浦の町を歩けばすぐに見つかりそうに思えた。
良太の工夫がこめられた2枚のハガキを手にしていると、それまでに受け取ったハガキをすべて読みなおしたくなった。
千鶴は10枚ほどのハガキを机のうえにならべた。出せるハガキの枚数には制限があるということで、土浦から送られてきたハガキはまだ4枚だけであり、しかも宛て名は祖父の名前になっていた。
舞鶴からとどいた賀状を見ると、思わず笑いがこみあげた。千鶴は声に出して読んだ。「いつも心の中でチーズとパイナップルを食っている」
千鶴はハガキの絵を見ながら、あの夏の日を思い返した。この部屋でパイナップルを食べながら話し合い、そして口付をした日だ。暑かったあの日が懐かしい。
千鶴は読み終えたハガキを机にしまい、心のうちで良太に告げた。「私も心の中でいつも良太さんと口付けをしています」
4月2日の朝、千鶴は布の袋を持って家を出た。袋には握飯と毛糸のシャツにくるまれたお茶のビン、そして小麦粉で作った菓子代りの食物が入っていた。
千鶴は土浦につくと、良太からのハガキにそれとなく示されていた地域へ行って、付近にあるはずの古本屋をさがした。
さがしあてた本屋に良太の姿はなく、海軍士官がひとりだけ書棚にむかっていた。書棚を眺めながら良太を待っているうちに、店の客は千鶴だけになった。
「千鶴」耳元でいきなり良太の声が聞こえた。
体をひねると帽子をかぶった良太の笑顔があった。千鶴は思わず両手をさしだした。その手を良太に握られたまま、千鶴は良太に笑顔をむけた。
「待たせたな、千鶴」と良太が言った。「話をするのに丁度いい場所があるんだ」
本屋を出るなり良太が言った。「ハガキに書いた暗号をわかってくれて嬉しいよ。千鶴なら気づいてくれると思っていたけど」
「あんなにじょうずに書いてくださったんだもの、2枚のハガキを読んだらすぐにわかったわ」
並んで歩きながら、千鶴は良太の軍服姿をあらためて眺めた。海軍の士官服姿は幾度となく眼にしていたが、すぐ間じかで眺めたのは初めてだった。白い手袋をして腰に短剣を吊っている良太の姿が、千鶴には物珍しくも誇らしいものに映った。
「もっとしゃべってくれよ」と良太が言った。「おしゃべりの千鶴が好きなんだ」
「ごめんなさい。良太さんの身なりに気をとられていたの」
「こんな身なりで街を歩くなんて、去年の秋には想像さえしなかったよ]
千鶴は良太の横顔を見た。会わずにいた数ヵ月の間に、良太の顔には新しいものが加わっていた。本屋で千鶴を見つめた良太の眼にも、以前には無かったものが宿っていた。
「軍隊って、やっぱりたいへんでしょうね」
「もう慣れたよ。慣れればどうと言うこともないんだ」
「海軍の訓練はとても厳しくて、土曜日も日曜日もないほどだって聞いたけど」
「月月火水木金金という歌があるけど、千鶴が心配するようなことはないよ。しっかりと日本を守って、しかも戦死しないで還ってくるための訓練なんだ」
土浦にはたくさんの軍服姿があったけれども、狭いその道は人通りが少なく、軍人とすれ違うこともなかった。
「こんな狭い道、よく見つけたわね」
「この前の外出日にこのあたりを歩いて、千鶴と話し合う場所をさがしておいたんだ。ほかの連中に見られないような場所がいいからな」
千鶴は不安になった。ふたりが一緒に歩いているところを軍の人に見られたら、良太さんは困ったことにならないだろうか。
しばらく歩いて国民学校の前にくると、良太は千鶴をうながして校庭に入った。
「ここだよ、この前の外出日に見つけたのは。いい場所だろ」と良太が言った。
「そうよね、海軍のひとは誰も来そうにないし」
校庭では数人の子供たちが走りまわっていた。良太と千鶴は校庭をよこぎって、奥のほうにあるベンチに向かった。支柱に板を渡しただけのベンチだった。
ベンチにならんで腰をおろすとすぐに、千鶴は袋から湯飲み茶碗をとりだした。
湯飲を受けとった良太が、帽子をとってベンチにおいた。良太の頭は丸刈りだった。
「私たちが初めて会った頃、良太さんはまだ髪が半分しかのびていなかったわね」
「海軍に入ったら、半分どころか高校時代に逆もどりだ」
シャツでくるんでおいたガラスのビンをとりだすと、ビンにはまだ暖みがあった。
「おとついの夜、良太さんからのハガキをみんな読み返したの」お茶を注ぎながら千鶴は言った。「面白かった、あの年賀状。心の中でチーズとパイナップルを食っている」
「俺が書いた年賀状の最高傑作だよ」と笑顔の良太が言った。「すぐにパイナップルをしたいけど、まずはお茶をもらうよ」
辺りでは子供たちが遊んでおり、キスをかわせるような場所ではなかった。
千鶴は包みをとりだして布袋の上でひらいた。小麦粉で作った菓子の代用品だった。
「もうすぐ良太さんの誕生日よね、21回目の」
「5日ほど早いけど、今日のこれがおれの誕生祝いだな。千鶴が作ってくれたものを食ったし、こうしてお茶を飲んだし、何より千鶴がいっしょだ」
ふたりはベンチで昼食をとった。千鶴が作った握り飯を良太が、そして良太が持参した弁当を千鶴が食うことになったが、弁当のおかずはふたりで分け合った。
千鶴は残っていたお茶を良太の湯飲についだ。
「少し痩せたみたいだけど、勤労奉仕も大変だろうな」と良太が言った。
「学校での授業は週に2日だけで、週に4日は家から真っすぐ製薬会社へ行くのよ。岡さんは休学して三鷹の工場へ通ってらっしゃるし、千恵は女学校の中にできた工場で兵器の部品を作ってるし、こんな具合で日本はどうなるのかしら」
「どんなふうに終わるか分からないけど、戦争はいずれ終わるんだ。問題は戦争が終わった後の日本がどうなるかということだ」
「友達がこんなことを言ったのよ」千鶴は辺りを見まわした。「敗けてもいいから戦争が終わればいいって」
「もちろん俺だって、この戦争はなるべく早く終わりにすべきだと思ってる。どんな終わり方をすれば良いのか見当もつかんけど」
「私も友達と同じに、敗けてもいいから良太さんに生きて還ってほしいの。こんなことを考える私は非国民かしら」
「だいじょうぶだよ、千鶴。日本のことを心の底から心配している千鶴は、立派な愛国者だよ。本物の愛国者には、千鶴がまちがいなく本物の愛国者だとわかるはずだよ」
海軍の軍人である良太からそのように言われて、千鶴は胸につかえていたものが取り除かれたような気がした。
残っていたお茶を飲みおえて、ふたりはベンチから立ちあがった。
良太に導かれるままについて行き、校舎の角をまわって建物の陰にはいった。期待に満ちた予感をおぼえたとき、いきなり良太に抱きよせられた。千鶴は良太の腕のなかで体をまわし、顔をあげて眼をとじた。
キスを終えても、良太は千鶴をそのまま抱いていた。どこかで鳩が鳴いていた。千鶴の耳にはその声が、なぜかとても優しいものに聞こえた。
千鶴が良太と二度目の逢瀬を楽しんだのは、4月30日の日曜日であった。雨が降るその日も、前回と同じようにして古本屋で良太と待ち合わせ、狭い道を通って国民学校へ向かった。ふたりは講堂の入口に場所を見つけて、歓談しながら食事をとった。
千鶴はその夜、良太と過ごした一日を日記につけた。
〈………良太さんは朗らかだったけれども、この前よりももっと眼が鋭くなったような気がする。棒倒し競争という激しい訓練で、良太さんは顔にけがをしておいでだった。それでも体重が少し増えたとのこと、お元気でおいでのことが嬉しい。
来月の末には新しい航空隊に移られるとのこと。来月の14日は面会日。日曜日だから岡さんも一緒に土浦に行くことになった。
良太さんは御両親に会いたいはずなのに、出雲は遠いので諦めているとのこと。お母さんにそのことを話したら、良太さんの御両親をこの家に泊めてあげれば面会に来てもらえるだろうとの意見。岡さんも交えて相談した結果、良太さんの御両親に手紙を出して、この家での宿泊を勧めることになった。御両親が面会に来てくだされば、良太さんはどんなにか嬉しいことだろう。私も良太さんの御両親に会いたい。………〉
千鶴は引き出しをあけ、2枚の写真をとりだした。良太からそれを渡されたのは、土浦で最初に会った4月2日だった。軍帽をかぶった写真と無帽の写真だった。
写真をながめていると、その日の良太の笑顔が思い出された。顔に傷はあったけれども、その笑顔はとても爽やかだった。天候には恵まれなかったけれども、千鶴には幸せな一日だった。
基礎教程も終わりに近づいた5月3日に、予備学生たちに進路が通達された。良太は操縦専修の予備学生として、練習機を使用しておこなわれる飛行訓練を受けることになった。
土浦航空隊は5月14日に面会日を設定していた。良太はむろん両親に会いたかったが、遠路の苦労をかけたくはなかった。良太は両親に宛てたはがきに、舞鶴での面会に深く感謝しており、充分に満足しているので、土浦までの長旅でさらなる苦労をかけたくはない、と記した。千鶴には4月30日に会ったとき、忠之とともに面会に来てほしいと伝えてあった。
5月10日に、良太は父親からのはがきを受けとった。土浦を訪ねるという意外な報せであったが、良太をさらに驚かせたのは、両親が浅井家に宿泊すると記されていたことだった。浅井家の好意に甘えることにしたとも記されていたので、そこに至る経緯が推察できた。
5月14日の面会日、良太は両親と千鶴そして忠之を迎えた。両親とは4ヶ月ぶりの、忠之とは半年ぶりの再会だった。
良太が航空士官を目指していることに、両親は強い不安を抱いているはずだった。その不安を少しでも和らげるために、良太は意識して快活にしゃべり、俊敏にふるまった。
良太の姿が母親の眼にはどのように映ったのか、「元気でええけども、あんまし、無理はしぇん方がいいからな」と言った。
父親が言った。「お前に軍服がこげに似合うとは思わなかった。たいしたもんだ」
忠之がトランクをあけ、5人で食うには充分な握り飯や、お茶が入ったびんなどをとり出した。
「出雲のお米をいただいたのよ、それもたくさん」と千鶴が言った。「今朝はね、良太さんのお母さんにお願いして、お握りを作るのを手伝っていただいたの。お母さんがお作りになったのは丸い形のおにぎり」
「懐かしいな、この形が」と良太は言った。「昔の遠足を思い出すよ」
「遠足のときに良太さんが忘れたおにぎりのこと、今朝おにぎりを作りながら、お母さんからも聞いたわ」
良太はその情景を思いうかべた。母と千鶴がならんで握り飯を作っている。千鶴が忠之から聞かされた遠足のことを話題にし、それに応じて、母が良太の子供の頃のことを話して聞かせる。両親が浅井家に泊まることになって、ほんとうに良かった、と良太は思った。
「わかめのついたこの握り飯、遠足のときの一番の楽しみだった」
「わかめは竹下の叔父さんからもらったよ。叔父さんも元気だけん、まだ自分でわかめが採れーげな」
「あのね、良太さん、今日のお弁当には、出雲の材料がたくさん入ってるのよ。お米とわかめに卵など」と千鶴が言った。
とりとめのない話題に興じるうちに時間は過ぎて、面会はおわりに近づいた。写真を撮ることになり、忠之がトランクからカメラをとりだした。千鶴の祖父から借りた旧式のカメラだった。
写真を撮りおえて間もなく、その日の貴重な面会は終わった。
大きな満足感を残した一日が終ろうとするその夜、良太は三日ぶりの日記をつけた。
〈………父母上は俺の飛行科配属に不安があるはずだが、そのことをひと言も口にされなかった。仲間たちの明るい雰囲気が、不安を多少は和らげたであろう。俺もまた意識して明るく振る舞い、俊敏な言動をなすべく努めたのであったが。
父上と母上は今夜も浅井家に宿泊し、明日は初めての東京を見物してから、夕方の汽車にて出雲に帰るとのこと。千鶴は明日の勤労奉仕を休んで、父母上につき合ってくれるとのこと。両親と千鶴にこのような機会が訪れたことに感謝したい。両親の千鶴に向ける眼差には優しさがこもっていた。命永らえて戦争が終われば千鶴は俺の妻になる。これが空想に終わることなきよう、願いかつ努めねばならない。
ここでの教育も余すところは十日。暗い気分に襲われることも多く、我々はこの航空隊をドノウラと呼んだが、分隊長や分隊士たちにはやはり感謝すべきであろう。理不尽とも言える修正を幾度も受けたし、受け入れがたい精神教育もされたが、分隊士には学徒出身の予備士官も多く、我々を教育するために全力を尽くしてくれた。いずれにしても俺はここを離れて、操縦専修の飛行学生としての訓練を受ける身となる。………〉
5月25日の朝、基礎教程の修了式が行なわれ、予備学生たちはそれぞれの訓練地へ向った。良太は飛行訓練をうけるために、土浦に近い谷田部航空隊に移った。
それから間もなく、良太は赤トンボと称される練習機にはじめて乗った。良太は前席に乗せられ、操縦はうしろの席に乗った教官によっておこなわれた。本格的な訓練に先だっておこなわれる体験飛行であって、それは慣熟飛行と称された。二日にわたって慣熟飛行がおこなわれたあと、本格的な飛行訓練が始まった。
谷田部でのあわただしい一週間が過ぎて6月2日になった。千鶴の誕生日であるその日の夜、千鶴との約束をはたすために、良太は布袋から藤村の詩集をとりだした。
歌集をひらいている千鶴を想いつつ、良太は詩集に記された千鶴の言葉を読んだ。
千鶴が記した文字にしっかり眼を通してから、はがきを取り出して宛名を書いた。千鶴の誕生日を祝うはがきであろうと、祖父の古風な名前を記すしかなかった。
良太はペンを握りなおして、文面に文字をつづった。
〈元気で誕生日をお迎えのことと思う。おめでとう。歌集を手にしている君の姿を想像しながら、詩集に君が記した文字を懐かしく読んだ。机に飾られている芍薬の花を想った。心のうちであのパイナップルを味わっていると、懐かしい匂いが思い出された。当方はいよいよ本格的に飛行訓練を開始。すこぶる元気で励んでいるゆえ御安心を。君と御家族および忠之の御健康を祈っています。〉
良太は書きおえたはがきにざっと眼を通してから、日記用のノートをとりだした。飛行訓練にあけくれる日々を過ごすうちに、日記をつけない日が多くなっており、数日ぶりに記す日記であった。
〈………歌集に眼を通している千鶴の気持ちを想いつつ、藤村詩集に千鶴が記してくれた文字を読む。そのあと千鶴に誕生日を祝う葉書を書く。
本日も離着陸訓練。二十分足らずのこの訓練を幾度も受けて、どうにか要領を掴んだ。現在の状況を思えば信じがたいが、ひと月あまり先には単独飛行を可能とすべく計画されているらしい。舞鶴で飛行適との判定結果を知らされたときには、おそらく何かの間違いであろうと思ったものだが、どうやら俺は本当に操縦員としての資質に恵まれているらしい。いまは教官の言を信じて、自信をもって努力しなければならない。技量に自信なくば空戦での勝ち目はない。十全なる技量を身につけるべく全力を尽くさねばならない。〉
その日、千鶴は動員先の製薬会社から帰ると、まだ明るさの残っている庭に出て、数本の芍薬の花をとった。家族からは朝のうちに誕生日を祝う言葉をかけられたが、特別なことをしてもらう予定はなかった。19歳の誕生日を祝う大切な行事は、書斎で良太の写真を眺めることと、良太が記してくれた文字を読むことだった。
千鶴は書斎に入ると花瓶に芍薬を活け、机から2枚の写真を取りだした。土浦ではじめて会った二ヶ月前に、良太が渡してくれた写真だった。
坊主頭でほほ笑む良太の写真を見ると、土浦の国民学校で語り合った日のことが思い出された。
じっくり写真を眺めてから、与謝野晶子の歌集をとって62ページを開き、余白に記されている文字を読んだ。〈誕生日おめでとう。千鶴の誕生日を祝うことが………〉
歌集をひろい読みしていると、横にならべた椅子には良太がいて、藤村の詩集を開いているような気がした。千鶴はとなりの椅子に手をふれた。良太と交わしたキスが思いだされた。
良太は次の日曜日に外出が許されるらしいと知って、できるものなら浅井家を訪ねたいと思った。浅井家で数時間を過ごしても、決められた時間までには充分に帰隊できる距離だった。東京は外出許可区域外だったから、規律違反が露見した場合には、厳しい制裁を覚悟しなければならなかったが、知恵を絞ればうまくやれそうだった。
千鶴と忠之の在宅を確実なものにしたかったので、良太は訪問を示唆するはがきをだした。検閲に多少の時間がかかっても、土曜日までには届くはずだった。
日曜日の朝、千鶴は書斎の机に芍薬の花を飾った。前日の午後に届いた良太からのはがきに、日曜日の外出に際して、麦とサツマイモの畑が見られそうだし、好きな芍薬の花も楽しめそうだと記されていた。良太の訪問を示唆する暗号に違いなかった。
昼食の準備をしていると、待ちこがれていた良太の声が聞こえた。千鶴は台所からとびだして玄関に向かった。
千鶴は声をあげた。「おかえりなさい、良太さん」
軍服姿の良太が笑顔で言った。「あいかわらず元気だな、千鶴は」
「みんなで待っていたのよ、良太さん。早くあがってちょうだい」
良太が靴をぬいでいる間に家族が玄関に現れ、にぎやかな会話が始まった。
居間に向かいながら良太が言った。「忠之はどうしたのかな」
「日曜日だけど今日もお仕事ですって。この頃は帰りも夜中になることが多いのよね」と千鶴は言った。「岡さんから手紙を預かっているけど、書斎に行ってからでいいわね」
良太が白布で包んだ物をさしだして、「隊で支給されたカリントウとビスケット。みやげの代わりにと思って」と言った。
「いつもの海軍のお弁当とはちがうと思ったら、今日はお菓子なのね」
「じつは東京は外出許可の区域外なんだ。弁当を腰につけたままだと予備学生だとわかるから、友達にやってしまったんだよ、腹具合がわるいから食わないということにして」
千鶴は強い不安にかられて言った。「もしも露見したらどうなるのかしら」
「そんな心配はないんだ、しっかり考えたうえで動いているから」
「ここには何時頃までいられるのかな」と祖父が聞いた。
「一時半までに出れば、充分に間に合います」
「だったら、まだ早いけど、お食事にしましょうか」と母が言った。
昼食をおえるとすぐに千鶴は良太と書斎に入り、椅子をならべて腰をおろした。
「いいじゃないかこの芍薬の花。千鶴の誕生日にもこんなふうにして飾ったんだな」
「ここで歌集をひらいていたら、となりに良太さんが居るような気がしたのよ。良太さんはどんなことを考えたのかしら」
「この部屋で千鶴はどんな気持でいるんだろうと思った」
「私はいま、どんな気持だと思います?」
「久しぶりに会えて嬉しい」
「それから?」
「この次の外出日にも何とかして会いたい」
「それって、もしかしたら良太さんの気持?」
「千鶴もそんなふうに思ってるんだろ」
「もちろん私も同じ。でも、それだけだと思います?」
「戦争が早く終わってほしい」
「もちろんそうよ、今すぐに終わってほしい、こんな戦争」と千鶴は言った。
千鶴は忠之の置き手紙をとりだし、一枚の便箋に書かれたそれを良太に渡した。
手紙を読んでいる良太の横で、千鶴は与謝野晶子の歌集を開いたが、すぐに良太の声が聞こえた。
「鉛筆をかしてくれないか、返事を書きたいんだ。この裏に書くから便箋はいらない」
良太が鉛筆を走らせる音を耳にしながら、千鶴はふたたび歌集に眼をおとした。
「忠之が帰ってきたらこれを渡してくれ」と良太が言った。「さっきも話したけど、俺がここに来たこと、はがきなどに絶対に書くなよ。この手紙にも念を押しておいたけど」
千鶴は受けとった便箋を引き出しに入れると、良太に向けて首をまわした。
「お願い、良太さん」と言い終わらないうちに、良太の顔が近づいてきた。
良太の唇が千鶴の唇を優しくなでた。千鶴は良太にしがみつき、すすんで良太の舌をもとめた。
良太の唇がはなれた。眼をあけると、輪郭のぼやけた良太の顔が見えた。良太が千鶴の体を抱きなおした。千鶴の眼が良太の顔をはっきりととらえた。良太の顔がふたたび近づいてきて、千鶴に軽くキスをした。良太はつづいて千鶴の首すじに唇をあて、そのまま千鶴を抱いていた。
耳元で声がした。「千鶴の匂いがする。好きだよ、この匂い」
千鶴は思った、私の匂いをもっと嗅いでもらいたい。良太さんが望むかぎり匂いを送り出してあげたい。
ふたたび声がした。「ありがとう、千鶴」
その声が千鶴をひときわ幸せな気持ちにした。千鶴は良太の胸に頬をつけ、「ありがとう、良太さん」と応えた。
軍服の胸に頬をつけていると、良太の鼓動が伝わってきた。小さいながらも確かに聞こえるその音が、千鶴にはかけがえなく貴重で、いとおしいものに思えた。良太さんはこうして生きておいでだ。私もこうして一緒に生きている。
言葉を交わしながらも、それからしばし、千鶴は良太の胸から耳を離さなかった。
母親の声が聞こえて、出発時刻がせまっていることを報せた。それから間もなく居間に移ると、時計はすでに一時半をさしていた。
千鶴は良太といっしょに家を出て上野駅へ急いだ。その道は子供の頃から通いなれた道であり、友達や千恵といっしょに、上野公園や動物園まで歩いた道だった。
不忍池の近くで良太が立ちどまり、「千鶴、ここで別れよう」と言った。
「駅までついて行きたいけど、いけないかしら」
「駅までふたりで行くと目立って危ないから、ここで別れたほうがいいんだ」
「この次はいつ会えるかしら」
「約束はできないけど、うまくゆきそうなら、今度みたいにはがきで報せるよ。はっきりとは書けないが、千鶴にはわかるように書くからな」
良太は「それじゃ」と言って軽く手をあげると、背中をみせて歩きだした。
千鶴は道ばたの樹の下に立ち、良太のうしろ姿を見送った。足早に歩いていた良太がふり返り、手をあげて大きくふった。千鶴は両手をふって応えた。ふたたび背を向けた良太は、すぐに建物の陰にかくれた。
6月の中旬、アメリカ軍のサイパン島上陸作戦が始まった。守備隊の苦境は新聞などで報じられたが、さしたる救援もなされないまま、守備隊と在留邦人たちは見殺しにされる結果となった。
戦局が逼迫しつつあることは明白であったが、国民には実情を知らされることがなく、戦意高揚にむけた言葉のみが声高に叫ばれた。7月18日には東条英樹陸軍大将の内閣が総辞職し、あとを小磯陸軍大将が継いだけれども、日本のおかれている状況は悪くなるばかりだった。
7月に単独飛行を許されるレベルに達した良太たちは、つづいて特殊飛行の訓練を受けることになり、霞が浦の空を赤トンボで飛ぶ日々がつづいた。
オレンジ色の赤トンボで訓練に励んでいたのは、飛行科予備学生だけではなかった。一般には予科練と呼ばれる海軍飛行予科の練習生たちが、同じように激しい訓練に立ち向かっていた。15歳になれば志願できるということもあり、飛行訓練に励む予科練生たちはまだ少年だった。所属する隊が異なるとはいえ、良太はその少年たちと競い合うようにして訓練に励んだ。
よく晴れていたその日、良太は宙返りの練習をした。筑波山にむかって飛んでいると、伝声管を通して教官の声が聞こえた。「同じ要領でもういちどやれ」
ようやく会得した要領で宙返りに挑むと、今度もどうやらうまくいった。水平飛行にうつると教官の声が聞こえた。「筑波山ヨーソロー」
良太は筑波山に進路をとったまま、教官からの指示を待った。見まわすと、入道雲を背にして飛ぶ赤トンボが見えた。
外出が許されるとき、機会があれば良太はひそかに浅井家を訪ねた。外出許可が取り消されたために、予告通りに訪問できなくなることもあったが、谷田部で中間練習機教程の訓練を受けている間に、浅井家を四度も訪ねることができた。時間に追われながらの逢瀬だったが、良太と千鶴にはかけがえのないひとときだった。
千鶴は上野駅に向かう良太についてゆき、不忍池の近くで別れをつげた。良太は途中で必ず振り返り、手をふってから道の角をまがった。千鶴は次の逢瀬を想いながら家路についた。
サイパン島につづいて、テニアン島とグアム島の守備隊が玉砕する結果となった。良太の胸中に、アメリカに対する敵愾心が噴きあげてきた。その敵愾心が良太に軍人としての意欲を高め、訓練にたちむかう忍耐力を与えた。海軍に入団して以来の教育と訓練が、そして危機に瀕している祖国の姿が、さらには悲憤の涙をもって聞かされた友軍の悲劇が、軍人としての使命を自覚すべく強く迫った。軍には批判すべきところがあろうと、軍の目指すところを信じてその命令に従い、与えられた任務を通して祖国を救うこと。良太が進むべき道はひとつしかなかった。
良太たちの専門分野が決められたのは9月の中旬だった。良太は戦闘機搭乗員としての訓練を受けるために、茨城県の鹿島灘に面した神ノ池航空隊に移ることになった。谷田部と同じ茨城県にある海軍の航空隊ではあっても、そこから浅井家を訪ねることはできそうになかった。
9月28日、良太たち戦闘機組の120名は神ノ池航空隊に移った。
良太たちは練習用戦闘機での訓練にとりかかったが、しばらくたつと飛行訓練はままならなくなった。訓練に必要なガソリンが欠乏しつつあった。
太平洋の島々で玉砕があいつぎ、極度に不利な状況に追い込まれていた日本にとって、フィリピンは死守すべき防衛線の中核だった。10月の半ば過ぎに至って、そのフィリピンに、大輸送船団を擁するアメリカ軍が迫った。その上陸を断固阻止するために、日本はついに特攻隊を出撃させた。
フィリピンで神風特別攻撃隊が出撃した数日後、その事実を知って良太は慄然とした。爆弾を抱えた戦闘機もろとも、敵の艦に体当たりしたのだ。こんなことがあっていいのだろうか。日本はついにここまで追い込まれ、そのような戦術をとらざるを得なくなったということか。それにしても何たる戦術であろうか。出撃したその特攻隊には、学徒出身の予備士官も加わっているらしい。どんな想いを抱いて出撃したのだろうか。
特攻隊が大きな戦果をあげたからには、このような攻撃方法がさらに採用される可能性がある。戦争が長びいたなら、俺が特攻隊で出撃することすらあり得るのではないか。
戦争がさらに1年も続けば、搭乗員の俺は戦死を避け得ないだろう。どうせ戦死するのであれば、大きな戦果をあげて死にたいものだが、特攻隊として出撃するよう求められたとき、俺はそれに応じることができるだろうか。
特攻には大きな戦果が期待できるだけでなく、特攻隊員として戦死すれば、あれほどの名誉が与えられるのだ。搭乗員はいずれ戦死する運命にあるのだから、戦況によっては、積極的に特攻隊を志願する者すらありそうな気がする。
それにしても、と良太は思った。すでに制空権と制海権をともに奪われており、石油や鉄などの資源を確保できる見込みはなさそうだ。それどころか、今では食料すらも不足するに至った。このままでは国民が生きてゆくことすらままならなくなりそうだ。燃料が不足しているので、俺たちはまともな訓練を受けることもできない。いかに多くの特攻隊を出撃させたところで、この戦争に勝てるはずがない。国を動かしている軍の高官たちは、そのことを明確に認識しているはず。速やかに終えるべきこの戦争を、いったいいつまで続けるつもりだろうか。