ひんやりした秋の夜風が、頬から髪を撫でていく。空を見上げると、薄く浮かぶ雲の間で半月がひっそりと輝いていた。

恭ちゃんのアパートから細い通りを抜けて、大通りに出れば駅までは一本道だ。
住宅地なので外灯が多く、車の通りもそれなりなので、1人で歩くのを怖く感じたことは無かった。

ふと希美からのLINEを思い出し、立ち止まってスマートフォンを取り出した。

[今から桜木駅で飲むよ! 凛乃も暇だったらおいで~]

ハッピーオーラ漂うメッセージに、頬が緩む。明日は……土曜保育の当番じゃない。お休みだ。

[今から行くね! お店教えて]送信。

華の金曜日。これから帰宅しても一人ぼっちなだけ。だからお誘いが嬉しかった。

すぐに来た返信を読んで、駅へ急ぐ。


圭に遠慮して、交際中はなかなか飲み歩くことなんてなかった私だけど、今ではすっかり友達からの誘いも増えている。

……気をつかってくれてるのもあるのかな。

その分、圭のことを考える時間は少しずつ減ってきた。それでも、私の心の大半は変わらず圭が占めている。

でもね、私は今まで圭に固執して狭い世界で生きてたのかもしれないって、少しずつ気付き始めていた。



「凛乃!こっちこっち」

賑やかな南国風居酒屋の店内をメッセージ通りに進むと、奥の個室から希美がひょこっと顔を出して待っていてくれた。
ボリュームのある茶髪のお団子スタイルは彼女のトレードマーク。

今は歯科衛生士として歯医者に勤めている希美は、とにかく明るくて、男女関係なく人との距離を縮めるのが上手な子。

その笑顔が見えた瞬間嬉しくて、私は手を振りながら早足で近寄った。


「誘ってくれてありがとう」
「へへー。私こそ突然だったのに来てくれて嬉しいよー」

希美の頬はポッとピンク色。ほろ酔い、かな? 可愛いなと思いながら靴を脱ぎ、座敷の個室に入った。

お邪魔しますと顔を上げて、希美の向かいに座っている男性と目が合った瞬間──。

「あっ……」
ドックン。

心臓が口から出そうになった。

希美はそんな私を知ってか知らずか、
「私の隣りにどうぞー!」
素敵な笑顔です。

「う、うん、ありがとう」

私の顔、引き攣ってなかったかな。


そこに居たのは、私もよく知る桐沢桃也(きりさわとうや)だった。

切れ長の二重と、スラッと形の綺麗な鼻に、暗めのアッシュ色の髪。
誰から見ても美形だろうその容姿は、俳優さんかモデルさんのようで、人目を引く。

桃也くんは、二つ年上で、元バイト仲間で、圭の親友──。