「凛乃、今日このまま泊まって行く?」
カーテンから漏れる月明かりが波模様を描くベッドの上。成し終えたそれを処理しながら、日野恭介は囁くように言った。
黒のシンプルな壁掛時計に目をやると21時を回ったところだ。
「恭ちゃん明日早いでしょう? 今日は帰るね」
私はころっと身体を丸め、ふうと息をついた。
「あー……そうだった。残念だな」
恭ちゃんのタレ目で懐っこい笑顔が私に向けられてすぐ、唇に降りるソフトなキス。私はきゅっと瞳を閉じて応じた。
「先にシャワー入るからゆっくりしてて」
「ありがとう」
ふわっと布団をかけてくれた。それはひんやりとして冷たかった。
恭ちゃんは私の彼氏で、ひとつ年上の24歳だ。職業は法務局員らしいけれど、詳しいことは分からない。
……正しくは、私の脳にはそれ以上の情報はインプットされなかった。
恭ちゃんとの出逢いは7月の猛暑の頃だった。
3月に4年目を迎えるはずだった月島圭から突然別れを告げられてどん底をさ迷っていた私。
そんな時に久しぶりに会ったのが、友達の沙織だった。
「凛乃! 傷を癒すのは新しい恋しかない!」
新しい恋ができるなんてとても思えず遠慮したのだけど、翌週「ご飯いこ」と呼ばれて行ったアジアン料理のお店には、沙織の彼氏と、知らない男性がいた。じとっとした私の視線に気づいて沙織はウインク。
この場の空気を悪くするわけにもいかなくて。
沙織の彼と恭ちゃんは大学の友人らしく、打ち解けた様子からは2人の仲の良さが伝わってきた。
第一印象は“爽やかで優しそうな人”。
緊張していた私に、初対面から笑いかけてくれた。二重のタレ目が可愛いなって思った。
サッパリとした黒髪の短髪は……少し、圭を思い出してしまった。
グレーのストライプのシャツはオシャレ過ぎず地味すぎず好印象で、食後に杏仁フルーツを頼んでいたことが印象的だった。
私は、いつか圭じゃない男性と恋愛する日が来るのかななんてぼんやりと頭を過ぎったけれど、上手く想像できなかった。
帰り際、恭ちゃんから連絡先を訊かれて、友達なら当然だと思い交換した。その日の晩、[2人で食事でもどうかな?]ってメッセージが届いた。
私はその意味を深く考えることもなく、[いいですよ]と返信した。