店を出ると、夕方になっていた。
「あ、きみに連絡をとるにはどうしたら良いの。きみのトークを教えてよ。」
「もう登録してあるはずよ。あとでみといて。」
前から彼女とトークのやり取りをしていたというのか。僕はうなずいた。彼女とはカフェの前から少し歩いた道で、別れなければならなかった。じゃあ、と言って手を振る。明日も会える、だけど学校ではこんな風には喋らないんだろうと思うとどこかさみしく感じた。
「彼女って、あんな子だったんだな。」
気づくと独り言を言っていた。自分らしくない。

 家に着くと、すぐにカナエと母が玄関までやってきた。
「今日遅かったわね。」
「ちょっと寄り道してて。」
ふたりは驚いた顔を見合わせた。
「やらないといけないことがあってね。」
僕は慌てて言い訳を考えたが、ちょうど良いのが思いつかず適当にごまかしてしまった。
「ふーん。まあ夕飯を食べるときはちゃんと連絡しなさいね。」
二人は納得したかのようにみえたが、夕飯を食べるときもずっとこちらを物珍しそうにみていた。マナブが寄り道するのはそんなに珍しいことなのだろうか。

 僕は、部屋に戻るとスマホをいじってみることにした。コウタからは相変わらず暴言トークが飛んできている。いくらなんでも、こんなのばかり受けていたら気がめいってしまうじゃないか。
 ピコん、と音がして新しいトークが飛んできた。野口さんからだ。エリン、というべきだろうか。明日も放課後集合ね、と。なんだか嬉しくなってしまう。僕はにやけたまま、そうだね、とだけ返しておいた。これじゃあ素っけなさすぎただろうか。いや、気にしすぎだろう。野口さんとのトークを遡ってみてみる。マナブと野口さんは何を話していたんだろうか、と。少し申し訳のない気もしたが、今の自分はマナブだからと言い訳をする。トーク内容は、宿題の話や学校の実務的な話ばかりだった。それも野口さんがいつも質問をして、マナブが素っけのない返信をするくらいのものだ。なんだ、と僕はため息をつく。マナブは野口さんのことが好きなわけではないのか。
 いや、でも僕だってさっきは素っけのない返事をしたじゃないか。いやいや、そんなことを考えると僕がまるでエリンのことが好きみたいじゃないか。
「なんだか楽しそうだな。」
頭のなかで声がする。
「ちょっとお前、僕の頭のなかで考えていることも全部わかってしまうのか?」
「私が知りたいときにはな。それはそうとレオナルド、君は今日私のことを悪く言っていたじゃないか。あれは傷ついた……。」
カフェでの会話のことか。
「僕は間違ったことは言っていない。彼女の存在くらい教えてくれたって良かったじゃないか。それに、リミットのことも。」
「規則では担当する者のこと以外は話してはならないことになっているんだよ……。」
神は不服そうだった。
「リミットのことはだな、言わない方が良いと判断したんだよ。言わない方が自然と気持ちが向いていくんじゃないかって。」
頭のなかでもごもごと話している。
「もういいよ。僕は考えなくちゃならないことがたくさんある。用事がないなら、どこかへ行っててよ。」
「まあ、一言言いたかったから別にいいんだけどね。でも、リミットのことは頭においておいてね。」
僕はうん、とから返事をした。

 早くスマホが見たかったのだ。コウタとの会話。コウタとの過去に何があったのか。なぜマナブはコウタのことをブロックしないのか。コウタとのトークを遡っていく。遡って遡って、まずは……見つけた。コウタが急に冷たい態度を取り始めた頃の会話。特に前兆はみられない。
「やはり、急だったんだ……。」
僕はそのままトークを遡りマナブとコウタについて考えを巡らせつづけた。気づけば、朝になっていた。
「マナブ、そろそろ起きないと遅刻するわよ。」
その声を合図にベッドから起き上がる。一睡もできなかった。だけど、なんとなくわかった気がする。ふたりの関係性、マナブがどんなやつでなにを考えていたのか。
「まだ起きてないの?」
母さんがまた僕の部屋の扉を叩いた。
「あ、ごめんごめん。今からいくよ。」
僕は階段をおりて朝食を食べる。カナエはもうすでに起きて朝食を食べ終えていた。僕が食べ終わったころには、もうとっくに準備ができていたはずなのに玄関で僕のことを待っている。かわいい妹だ。
「別に、お兄ちゃんのことをまっていたわけじゃないの。私は朝ゆっくりしたいタイプだからね。」
カナエは靴を履きながらそんなことを言ってくる。
「わかったわかった。ありがとうな。」
カナエの頭を叩くと、もうそんな歳じゃないんだからと拗ねた顔をする。

「お兄ちゃん、コウタくんと仲直りでもしたの?」
「え? 特に何にもなかったけど。」
僕は不思議そうにカナエの顔をみた。カナエは残念そうに、下を向いた。
「そうなんだ……。お兄ちゃん昨日帰ってからすっかり元気だから、仲直りでもしたのかと思ったよ……。」
昨日から、ってそんな元気にみえたのか僕。
「いや、でもコウタのことは大丈夫だよ。何とかなる。カナエは心配すんな。」
「お兄ちゃん、そうやっていつも他人のことをかばうんだから。昔からそう。私が悪いのに、お兄ちゃん自分が悪いんだって謝るの。でもね、そんなんじゃお兄ちゃんが傷ついちゃうんだよ。」
カナエがあまりに必死な顔をしているものだから、思わず笑ってしまった。
「お兄ちゃん、おかしくなんかないって。」
カナエは怒ってしまった。ごめんごめん、と謝ったがもういい、と言って学校まですたすたと先に歩いて行ってしまった。
「悪いことしたなあ。帰ったら謝らないと。」
ドン、と後ろからだれかに背中を押された。
「うわ。」
振り向くと、エリン、いや野口さんがそこにいた。
「おはよ、マナブくん。ねえさっきの子って誰なの?」
「さっきの子? ああ、妹のカナエだよ。」
それを聞くと、野口さんは笑顔になった。本当に良く笑う子だ。
「なんだ、よかった。妹ちゃんもいるのね。」
「ああ、そうそう。コウタとのことで話したいことがあったんだよ。」
「話したいこと?」
「うん、マナブがコウタをブロックしない理由がわかったというか。」
「え、そうなの?」
目をパチクリさせながら、聞いてくる。けれど、もう教室の目の前に来ていた。
「まあ、続きは後でいうよ。」
僕はそう言って、野口さんに手を振り自分の席へ向かった。おはよう、とみんなに声をかける。彼女と教室に入ったからだろうか、あちらこちらから食い入るような視線を感じる。それでも、飛び切り視線を感じるのはコウタからだ。僕がコウタの方を見ると、慌てて目をそらした。

 そういえば……。昨日のコウタとのトークを遡っていて、野口さんのことが話題に上がっていた。クラスで一番誰が良いか、という話題でマナブが挙げていたのが野口さんだったのだ。僕がマナブなら、コウタに喜んで野口さんとカフェに言ったことを話したいだろうに。コウタだってきっと……。昨日のトークをみているとそう思わずにはいられないのだ。