翌朝、目覚めると朝食が用意してあった。
「今日は、お母さん特製のフレンチトーストよ。」
母さんが嬉しそうに朝食を出してくれる。
「今日もマナブは元気そうね。最近元気がなかったから心配していたのだけれど、母さん安心したわ。」
母さんは満足そうに僕の顔をみていた。
「そうなのかな。」
僕は、本物のマナブのことが心配になってきた。もし神の言っていたことが本当だったとして、マナブが一週間後にこちらの世界へ戻ってきたら、彼はうまくやっていけるのだろうか。マナブはなにに悩んでいたのだろうか。
「うん、てっきりコウタくんに嫌がらせでも……。」
お母さん、と妹のカナエに言われて母が口をつぐむ。
「まあ、マナブが元気ならそれで母さんは嬉しいわ。」
「ありがと。」
僕は事情がわからず、そう言うしかなかった。コウタというのは、マナブのクラスメートである。昨日も学校で僕に話しかけてきた。彼がマナブにいやがらせなんて。

「そろそろ、時間じゃない? 準備しないと。」
そう言われて初めて気づいた。もう、学校に行かなくてはならない時間になっていた。僕は急いで自分の部屋に戻り、準備をする。
「あれ、今日はカナエ一緒に行かないの?」
「なんでお兄ちゃんと毎日一緒に登校しないといけないのよ。昨日はお兄ちゃんがどうしてもっていうから行ってあげただけよ。」
カナエは怒っているようだった。
「ごめんよ。それならいいよ。」
まあ道も覚えたし。そう思って家を出ようとすると、カナエも玄関にやってきた。
「私もちょうど行くとこだから。」
なんだかんだ優しい子だな。

「お兄ちゃん、本当に大丈夫なの?」
カナエが心配そうに聞いてきた。
「大丈夫って、コウタのこと?」
「そうよ。最近変なんだって前に言ってたじゃない。お母さんの前でははぐらかしたけどさ。」
「ありがとな。でも大丈夫だ。」
マナブの悩みの種を明かすチャンスだとも思ったが、カナエをこれ以上心配させるわけにはいかない。
「無理はしないでね。」

 学校に着くと、おはようと皆に挨拶をする。コウタも、返してくれる。小さい声でも返してくれるじゃないか。
「あのさ、お前俺のトークブロックした?」
コウタが話しかけてきた。
「トーク? なんのこと?」
「え。既読がついていなかったから。じゃあ違うのか……。まあいい。」
「トークってなんだよ……。」
僕の質問にコウタが答えてくれる気配はなかったので、そのまま席についた。トーク? ブロック? 一体、何のことだろう。家に帰ったらカナエにでも聞いてみるか。僕はマナブの席についた。
「マナブくん、ちょっといい?」
顔をあげると、かわいらしい女の子がこちらを見ていた。たしか野口ミワさんだっけ? 僕はなんて呼んでいたんだろう。向こうがマナブくん、と呼んでくるということは……と頭を回転させていると野口さんがいぶかしげな顔でこっちを見ていた。
「ああ、ごめんごめん。いいよ。どうしたの?」
「今日の放課後、時間あるかな?」
「え、今日の放課後?」
昨日は一人で帰ったし、特に予定があるわけでもない。マナブは部活動をしているわけでもなければ、習い事をしているわけでもなく暇人なのだ。でも、野口さんとふたりでなんてどういう状況だろう。僕のことを疑っているのだろうか。
「嫌なの?」
野口さんは少し悲しそうだった。
「いや、違うんだ。僕でよければ。」
僕の口はとっさにそう動いていた。とんだことになったものだ。なにはともあれ、行ってみないと理由もわからないじゃないか。僕は自分に言い聞かす。
「じゃあ、放課後。」
野口さんはそう言い残すと、すたすたと自分の席へ帰っていった。僕がふと周りを見渡すと、クラスメイトがみなこちらを向いていた。そうか、野口さんは人気があるから注目されているのかもしれない。これはマナブにとって良いことなのか、悪いことなのか……。また、一つ悩みの種が増えてしまった。