日彩が隣の席で良かったと、心底思った。いつの間にか息をしていない自分がいて、手は固く拳を作っている。
 首を締められていた手から解放された時のように、私は肩で呼吸を繰り返していた。
 エンドロールが流れる、まだ薄暗いこの空間で、私の様子を知っているのは、隣で涙を流す彼女一人だろう。
 それほどに素晴らしいものだった。
 色鮮やかな絵と、映画館全体を通した壮大な音の響き。肌にビシビシと伝わる臨場感。展開に合わせて同時に盛り上がっていく音楽。叫ぶように広がる登場人物たちの声。
 何よりストーリーの流れが観ている人を引き込んだ。
 序盤に大きな謎となるものを持ち込み、それによって〝気になる〟という感情を引き出す。
 それからも、季節が変わる事に種を撒くことで、四季折々の花を楽しめるように、小さな仕掛けを残していく。最後に摘まれた花たちは、花束となって偉大な作品を作り上げるのだ。
 この作品はまさにそうだ。
 滑らかな動きとその見せ方も、当然ながらプロのものだった。到底敵う相手ではないとわかってはいても、何か得体の知れない汚いものが胃の中をぐるぐると掻き乱して、首から上が熱い。
 鼻をすする日彩にティッシュを渡すと、丁度エンドロールも終わり、温かみを帯びた照明が現実への扉を開ける。
 ふと日彩の奥に並んで座る人の横顔が見えた。エンドロールが終わっても、未だ見えない世界に浸るように、灰色の画面を見つめている。
 上原くんだ。
「うわー最高だったっすね! 話題になるのも頷ける」
「わかる。動きも凄く綺麗だった」
 立ち上がってうんと伸びをする吉岡くんに、大賀くんが答えた。隣に座る上原くんのことなど気にも留めないように、二人は飲み物や鞄を整理する。
 日彩も慌てて荷物を片付けた。
 ぞろぞろと立ち上がる人々の口からは、「凄かったね」とか「面白かった」などと、ありふれた感想が漏れ出している。
 その中で、彼らの会話だけは異色を放っていた。
「あそこで足元を映してるのが良くね? 水たまりに顔が映っててさ」
「そうだな。観客に想像させる形とか、やっぱりもう少し視点を増やすことも大事だな」
 作り手となると、やはり着眼点が違うのだろう。
 かくいう私もそうだ。純粋に作品を楽しむ気持ちもあるが、どこかに伏線があるのではないか、ここの映し方はいいな、などと無意識に考えてしまっている。
 日彩以外のここにいる人たちは、きっと同じ感覚を持ち合わせているのかもしれない。
 シンデレラの魔法が溶けたような余韻に浸りつつ、ようやく立ち上がった上原くんと共に、私たちは映画館を後にした。