僕には10年間以上片想いしている幼馴染みがいる。しかしながら彼女は1年半ほど前に家の都合により東京に引っ越してしまった為、この想いを伝えようにも難しい状況となり、行き場を失った拙い想いは日に日に累積されては溜息に変換されていった。
 今日もバイオロジーの授業に垂れ流される退屈な専門用語を聞き流し、彼女が不在となった前の席を心なく見つめていた。窓際であるその席に入ってくる5月の暖かい風と彼女の席に射すスポットライトの様な陽射しと緩やかな風に靡くカーテンが僕の心をやけに虚しく感じさせた。

「翔、今日もまた絢の机ずっと見つめてたな。なあ、翔、気持ちはわかるがいつまでも変わらないでいるのは無理だろ。お前も限界みたいだし、それに簡単に会いに行ける距離でもないだろ、今の時代なんだ。メッセージとかでの告白もメジャーだろ」

 幼馴染みであり親友の司の言葉と声によって泥の様だった思考が明瞭になっていくのを感じた。

「ああ、俺も自分で自分のこのこだわりに意味を感じなくなってきたところだよ。メッセージも検討するよ。ありがとう」
「礼には及ばないけどさ、辛そうにしてる翔を見てるとなんだかな……」
「お前やっぱりいいやつだな。なんなら司と付き合うわ」
「え、なに今絶対そういう流れなかったよね。どこからそうなった?てか怖いんだけど」

 僕の冗談に対して司は死んだ魚の様になった眼を携え、顔を引き攣らせてそう言い放った。

「でもやっぱ、迷わず今日にでも伝えてみないか。絶対に早い方がいい」

 司は引き攣っていた顔を真面目なものに戻し、心を掴む様な眼で僕の目を見据える。
 まるで自分のことの様に真剣な顔つきで話すその司の姿に、やはりこいつには頭が上がらないなと悉く思い知らされ、口角が少し上がってしまった。

「ああ、そうするよ。ありがとな」

 家に帰り、風呂に入り夕食を取り、歯を磨いたりと、人としての営みを終えて、ベッドの上に項垂れる頃には窓の外は陽光を綺麗に塗り潰した闇が支配していた。
 スマホを機動させ、なにを考えるでもなく決心した様に、僕は絢のアカウントを画面に表示させた。

『絢、僕は10年くらい前からずっと君のことが好きだ』

 簡潔にまとめられた一文。だが、この一文には僕のこれまでの想いの全てが詰まっていた。
 高鳴る心臓の音を他所に、メッセージでも緊張するんだなと僕は他人事の様に思った。

 それから3日後、絢から1通のメッセージが届いた。

『翔、私は10年以上前から君のことが好きだったんだよ』

 それは僕が送った文の内容と酷似した文だった。僕はここで何とも言い難い違和感に気づく。

 その違和感の正体は僕が送ったあの文の行き先が以前の絢のアカウントだったということだ。つまり、届いていなかった。
 気づくなり僕はすぐに絢の正規のアカウントに自分も同じ想いだという旨を伝えた。僕の頭の中は嬉しさや幸せで埋もれていた。

 少なくとも両親からある事実を伝えられるまでは。

 その夜、僕は両親から今朝に絢が1年前から患っていたがんによって亡くなった。という内容の話をされた。「亡くなった」その一文を聞いた僕の眼の前は真っ暗になり、やがて、耳もまともに聞こえない様な状態に陥った。

 ただ両親が御葬式やらと言っているのが遥か遠くから聞こえている様な気がした。
 それから僕は真っ暗に締め切った部屋で僕の送った文と絢から送られてきた文をただ漠然と眺めていた。

 僕は彼女の想いを知れた。彼女は僕の想いを知らぬまま死んでしまった。僕の小さな失敗で。僕がもっと早く想いを伝えていれば。ただただ、意味もない後悔の言葉が溢れ出た。

 そんな言葉を漏らしていると脳が蓋を開けた様に絢との今までの幸せな思い出が溢れでてきて、同時に涙も込み上げてきて、止まらなかった。

 僕はその日、体の水分が枯れるまで声を押し殺して泣き続けた。