「いいんじゃない? 誰か連れてくればって言ったのあっちだし。放っとけば勝手に喋ってるような奴だから緊張しなくていいよ」
「いや、そうじゃなくて。桐原さんは嫌じゃないんですか?」
「俺が? なんで?」
「だから、その……変な誤解をされるかも」
「誤解? ……ああ」
 ちょうどその時信号にひっかかって、車が止まる。前を向いていた彼の目がすっとこちらに向いて、私を捉えた。
「日南子ちゃんは、誤解されるの、イヤ?」
 その目が普段見たことない色気みたいのを放っていて、一瞬でゆでダコみたいになった私は思いっきり目を逸らした。
「いっ、いいえあの、大変光栄というかなんというかっ……」
 しどろもどろで答える私を見て、またくすくすと笑い出す。
「ウソウソ、そんなのじゃないってちゃんと言ってあるから安心して」
 青信号とともに前に向き直った桐原さんがアクセルを踏んだ。
 ーーそんなの、でもいいんだけどな。
 窓の外を眺めながら心の中で思う。そんなの、候補としてでもいいから友達に紹介されてたら、嬉しかったのに。
 いまだに笑い続ける桐原さんを横目で小さく睨む。
「なんだか今日、ちょっと意地悪ですね」
「そう?」
 私の心の中なんてお見通しのように、余裕を浮かべて笑う彼の横顔が、ちょっと憎らしい。
 黙ってしまった私の頭に、笑いを引っ込めた桐原さんの手がぽん、と置かれた。
「風邪、ひかなかった? あの後」
「はい、この通り。元気です」
「そっか。よかった」
 すっと離れていく手が寂しい。
 あの時は無我夢中で勢いだけで突っ走ってしまったけど、私は自分のしたことを後悔していない。確かに怖かったし、恥ずかしかったけど、彼の態度があの時から、変化したことはわかるから。彼の方は少し、気にしているみたいだけど、そもそも私が勝手にやったことなのだから、気に病むのはやめてほしい。
 横からうかがい見る桐原さんの顔は、いつも通り、穏やかで。
 ああ、やっぱり好きだ。
「なに?」
 いつの間にかじっと見つめてしまっていて、私は慌てて目を逸らすと、ごまかすように首を振った。