結局そこから別のお客さんに捕まって、二人が何を話しているのかわからないままその場を離れる。バタバタと注文が入って、愛香と話せたのは六時直前。
「ちょっと、なに話してたの?」
「なにって、普通よ、普通。いい人そうじゃん」
 にやっと笑ってつんつんほっぺたをつつかれた。
「ほら、もう上がる時間でしょ。楽しんできなよ」
 背中を押されて、ちらっと桐原さんの方を見ると、ちょうどこちらを向いた彼と目が合う。伝票を持って立ち上がるのを見て、私も慌てて着替えに向かう。
 迎えに来るとは言ってたけど、まさか店内に入ってくるとは思わなかった。今まで偶然でも会えたらいいなあ、なんて思ってたけど、いざ会えたら恥ずかしいもんなんだな。
 急いで着替えて、髪をおろして軽く整える。メイクもチェックして駐車場に向かうと、車にもたれて桐原さんが立っていた。
「お仕事お疲れさま」
 私が近づくと、助手席のドアを開けてくれた。いつも思うけど、やっぱり女の子の扱い、慣れてるよなあ。
「あ、これ。ありがとうございました」
 忘れないようにと抱きしめていた紙袋を渡した。あの雨の日に借りたシャツが入っていて、桐原さんは中を確かめると少し複雑な顔をして受け取った。
 私が座るのを待って自分も運転席に乗り込むと、じゃあ行きますか、と車を走らせ始める。
「お腹すいた?」
「はい、すごく。あの、どこのお店にいくんですか?」
 興味津々な私の様子を面白そうにちらっと見て、説明してくれた。
「実はさ、高校からの友達が、ちょっと変わったところに店を出したんだよ。メシ食いがてら写真撮りに来いって言われてたんだ」
「変わったところ、ですか?」
「そう。なーんもない山ん中」
 山の中、にお店を出して、お客さんは入るのだろうか?
「と言っても車で行ける場所だから。隠れ家的な感じで意外と繁盛してるみたい」
 そうなんだ、と何気なく呟いてから、ふと大事なことを聞き流していることに気がつく。
「お友達のお店、って言いました?」
「うん」
「私なんかが一緒に行っていいんですか?」
 こんなただの知り合い程度の女が、ついて行ってしまっていいのだろうか。