「なにそれ、なんか怪しー。ヤラしいとこ連れ込まれるんじゃないの?」
「ばかっ、そんなことあるわけないじゃん」
「まあ、ヤラしいとこでもあんた的にはオッケーか。ちゃんと新品の下着つけてきた?」
「だからそんなんあるわけないって」
 といいつつ、万に一つの可能性を考えて、お気に入りの下着をつけてきたことは絶対に秘密だ。
 九月も後半になると、夏休み中の忙しさも大分落ち着く。今日は特に暇で、こうやって愛香と無駄話をしていても、見咎められることは無さそうだった。特に意味もなく店内を歩いて、帰ったテーブルの後片付けをする。一組席を立ったので、レジでお会計をする。
 お客さんを見送りながら、あー暇だなー、と心の中で呟いた。どうせなら三十分早上がりになればいいのに、とぼんやりとガラスのむこうを見やると、一人、背の高い男の人が近づいてくる……ってあれ?
「あ、ちょうどいた」
 自動ドアをくぐってきたのは間違いなく桐原さんで。
「なんでっ?」
 仕事を忘れて素で対応してしまった。
「ちょっと早く着いちゃったから。車で待っててもよかったんだけど、折角だし仕事してるの見てみたいな、と思って」
 いたずらっぽく目を細めて笑う。
「制服姿、なんか新鮮」
 慣れてる格好のはずなのに急に恥ずかしくなって俯くと、笑いをこらえるように口元に拳を当てて、桐原さんが言った。
「席、案内してくれないの?」
「もしかして、からかってます?」
「そんなことないよ」
 しれっと言いながら、いまだに笑いをこらえてる桐原さんを、ふくれっ面のまま席に案内する。コーヒーで、という注文を受けて用意しに行くと、こちらの様子に気付いて待ち構えていた愛香に捕まった。
「私が持ってく」
「え、ヤだよ」
 抵抗する私に、わざとらしい笑顔を向ける。
「ヒ・ナ? 嫌なんていう権利あると思ってんの?」
 そんな愛香に逆らえる訳もなく、すごすご引き下がって後ろ姿を見守った。
 資料らしきものを読んでいた桐原さんに近づくと、愛香が営業スマイルを浮かべてなにか話しかけていた。しばらく話している二人の姿をこっそり横目で見ながら、私は気が気じゃない。愛香、お願いだから変なこと言わないでよ~。