話を聞き終わって、私は何を思い上がっていたんだろう、と思った。過去を知ったって、私にできることなんか何もない。彼の心の中は優衣さんで占められていて、きっとまだ、優衣さんへの想いは続いている。出会って半年そこらの私に、一体何ができるというのか。
 でもあの時、桐原さんは、もう逃げるのはやめる、と言った。
 何がきっかけかはわからないけど、自分で悲しい気持ちから抜け出そうとし始めた彼の、少しでも役に立ちたいと思った。できることがあるならなんでもする。待っていて、というのなら、どれだけでも待てる自信がある。いずれははっきり振られるかもしれない、でもそれまでは、許される限り近くにいたい。
 くふふ、と自分でも気持ち悪い笑みがこぼれて、幸せな気分で携帯を抱きしめて寝転んだ。どこ、連れてってくれるのかな。何着て行こう。新しい服、買っちゃおうかな。早く水曜日になって欲しいのに、来てしまうのがもったいない気分……。
 遠足が楽しみな子供みたいに浮かれながら、そのまま幸せな眠りについた。

 やってきた水曜日は、朝からいいお天気で。
 夏休み中で予定といえばバイトしかない私は、いつもはダラダラ過ごすのに、ここ数日はあっという間に過ぎていった。スキンケアをいつもより念入りにして、久しぶりに美容院に行って。容子さんとは、美咲さんの一件のあと電話はもらっていたけど、直接会うのは久しぶりだった。何度も謝る容子さんに、二人で出かけることになったことを話すと、俄然張り切り始める。ああ、当日のヘアメイク、私がしてあげたい、としきりにぼやいて、この秋の新作だ、という私物のアイシャドウを握らされた。今まで使ったことのないブラウンの色味で、私の手持ちの化粧品との組み合わせも考えて、大人っぽくする方法を教えてくれた。
 当日、私は普段の倍の時間をかけてメイクをして、バイトに向かった。髪だけは一つに結ばなければならないので、手間をかける余地がなかった。すぐにできるアレンジ方法も、容子さんに教えてもらっておけばよかったな、とちょっと後悔する。
 五時前になって、愛香が出勤してきた。制服に着替えてニヤニヤ近寄ってくる。
「気合入ってんじゃん。うん、合格合格」
 並んで作業しながら、小さな声でささやく。
「今日、どこの店でご飯?」
「それが、当日まで内緒って言われた」