そのあとも隅っこで顔なじみの女の子達と一緒に飲んで、私は一次会で帰ることにした。ほろ酔いで家にたどり着くと時計は十時を指していて、座り込んだ私は携帯を取り出して、桐原さんの番号を表示させる。夜遅くに迷惑かな、と思いつつも、酔った勢いでえいっと通話ボタンをタップした。
『もしもし、日南子ちゃん?』
 三コール目で私を呼ぶ声が聞こえる。低くて穏やかな、ほっとする声。
「夜遅くにすみません。寝てましたか?」
『まだ事務所で仕事してたよ。メール見た?』
「はい、あの、水曜日、六時までバイトなんですけど、それ以降なら大丈夫です」
『バイトってあのファミレス?』
「そうです」
『じゃあ、そのくらいに迎えに行くよ』
 ああよかった、あのメール、私の幻想でも送り間違いでもなかったんだ。他の可能性も潰すべく、質問を重ねる。
「もしかして、仕事関係だったりします?」
『うーんと……実は、俺の方は少しだけ仕事絡みだったりするんだけど。でも、日南子ちゃんには関係ないから、気にしないで楽しんでもらえればいいよ』
「他の方も一緒だったりしますか?」
『俺と日南子ちゃんだけだけど。二人きりじゃイヤだった?』
「そんなことないですっ。全然、その、嫌とかじゃなくて、なんだか、嬉しすぎて嘘みたいっていうか……」
 勢い込んで言って、恥ずかしさに声がフェードアウトしていくと、電話の向こうからククっとくぐもった笑い声が聞こえた。
『ならよかった』
 私は一人で顔を赤くしながら、電話でよかった、と思う。
「どこ行くんですか?」
『それは当日まで内緒。たいしたとこじゃないからあんまり期待しないでね』
「楽しみです」
 二人で行けるのなら、どんなところだって嬉しい。居酒屋でも、それこそファミレスでも、チェーンの牛丼屋だろうとも。
『じゃあ、水曜日に』
 おやすみ、と言って電話を切る桐原さんの声が名残惜しくて、切れたあともしばらく耳を離せない。
 ツー、ツーという電子音を聞きながら、あの日のことを思い返す。
 過去の話を語ってくれた桐原さんは、話している間ずっと、手の中のカップを通り越してどこか遠くを見ていた。時折愛おしそうに目を細めたり、悲しいくらいに空っぽな目をしたり。きっと、優衣さんの姿を追っていたのだと思う。