それからバタバタと話が進み、春から新堂さんのもとで働くことが決まった。
理恵からはおじさんが訪ねてきた次の日の夜に電話がかかってきた。また東京に戻りたいけど、おばさんが異常なくらいに塞ぎ込んでいて、しばらくはそばにいてあげなければならない、と辛そうな声で言った。俺がニューヨークへ行くことを告げると、驚いて言葉が出ないようだった。
「俺は大丈夫だから。もう会いに来ないほうがいい」
ご両親のために。
言外に含んだ意味をちゃんと汲み取ってくれたのか、理恵は何も言い返さなかった。
「ちゃんと戻ってきなさいよ」
ただ一言、出てきた言葉は沢木さんと同じで、ああやっぱりこの二人は気が合いそうだ、と心の中で思った。
新しく道を示してもらった俺は、一ヶ月で体力を戻せ、まともに動けるようにしろ、と厳命を受けて、なんとか普通のレベルまで食事ができるようになった。無駄なことを考えないように、ひたすら体を動かす。言葉の問題もあったので、できる限りの勉強もした。一か月頑張っただけじゃたかが知れていたけれど、暮らしてれば何とかなるさ、という沢木さんの言葉を信じることにした。
東京を立つ日は、春を感じさせるような、暖かくてよく晴れた日だった。
アパートの物は、最低限の衣類や小物以外は、全て処分した。優衣を思い出すようなものは全て、ダンボールに突っ込んで焼却場に置いてきた。
全ての準備が終わって、夕日が差し込む部屋を見渡す。家具も全部引き取ってもらって、ガランとした部屋の中は、なんだかいつもより広く感じた。
捨てようと思ったけど、どうしても捨てきれなかったお揃いのマグカップを手に取り、じっと見つめる。一つくらい、形見として取っておこう……そう思ったけど、やっぱり置いていくことにした。優衣の思い出は全部、ここに置いていこう。
優衣のお気に入りの出窓に、二つ並べて置いてみる。二人で外を眺めながら、肩を寄せ合った窓辺。
ああ、いないのか、と。改めて思った。
もう、あの柔らかな眼差しで、俺に微笑みかけてくれることはないのだ、と。
空気を通すために開け放していた窓から、ふわりと風が入り込んだ。なぜだかそこに優衣がいる気がして、俺はカメラを取り出して、シャッターを切っていた。
たった一つ、優衣の形見。この写真のほかは、何もいらない。
感じたぬくもりに背を向けて、俺は部屋を出て行った。
理恵からはおじさんが訪ねてきた次の日の夜に電話がかかってきた。また東京に戻りたいけど、おばさんが異常なくらいに塞ぎ込んでいて、しばらくはそばにいてあげなければならない、と辛そうな声で言った。俺がニューヨークへ行くことを告げると、驚いて言葉が出ないようだった。
「俺は大丈夫だから。もう会いに来ないほうがいい」
ご両親のために。
言外に含んだ意味をちゃんと汲み取ってくれたのか、理恵は何も言い返さなかった。
「ちゃんと戻ってきなさいよ」
ただ一言、出てきた言葉は沢木さんと同じで、ああやっぱりこの二人は気が合いそうだ、と心の中で思った。
新しく道を示してもらった俺は、一ヶ月で体力を戻せ、まともに動けるようにしろ、と厳命を受けて、なんとか普通のレベルまで食事ができるようになった。無駄なことを考えないように、ひたすら体を動かす。言葉の問題もあったので、できる限りの勉強もした。一か月頑張っただけじゃたかが知れていたけれど、暮らしてれば何とかなるさ、という沢木さんの言葉を信じることにした。
東京を立つ日は、春を感じさせるような、暖かくてよく晴れた日だった。
アパートの物は、最低限の衣類や小物以外は、全て処分した。優衣を思い出すようなものは全て、ダンボールに突っ込んで焼却場に置いてきた。
全ての準備が終わって、夕日が差し込む部屋を見渡す。家具も全部引き取ってもらって、ガランとした部屋の中は、なんだかいつもより広く感じた。
捨てようと思ったけど、どうしても捨てきれなかったお揃いのマグカップを手に取り、じっと見つめる。一つくらい、形見として取っておこう……そう思ったけど、やっぱり置いていくことにした。優衣の思い出は全部、ここに置いていこう。
優衣のお気に入りの出窓に、二つ並べて置いてみる。二人で外を眺めながら、肩を寄せ合った窓辺。
ああ、いないのか、と。改めて思った。
もう、あの柔らかな眼差しで、俺に微笑みかけてくれることはないのだ、と。
空気を通すために開け放していた窓から、ふわりと風が入り込んだ。なぜだかそこに優衣がいる気がして、俺はカメラを取り出して、シャッターを切っていた。
たった一つ、優衣の形見。この写真のほかは、何もいらない。
感じたぬくもりに背を向けて、俺は部屋を出て行った。