どうぞ、とカップを置いて、俺も向かいに座る。なんとなく、正座になった。
「狭いな。ここで二人で暮らしてたのか」
 お茶には手を付けずに、目だけをカップに向けてつぶやいた。
「すみません」
 俺も目を伏せて、カップを見る。謝るしかなかった。
 しばらく沈黙が続いた。いたたまれなくて、時間がすごく長く感じる。いつもは気にならない時計の音が、やけにうるさい。
「これだけは君に返そうと思って、持ってきた」
 おもむろに口を開いたおじさんが、鞄から小さな袋を取り出した。
 指輪だった。結婚指輪の代わりに贈ったペアリングで、俺の薬指にも同じものがはまっている。もちろん高価なものなんて買えなかったけど、優衣はすごく喜んでくれて、いずれちゃんとしたものを贈るから、と言うと、これで十分、と幸せそうに微笑んだ。
「反対し通すべきだった。あの子が泣こうが、子供なんて堕ろさせるべきだった」
 おじさんの声には何の感情もこもっていなくて、それが余計に俺を追い詰める。
「あの子に相応しい相手は、きっと他にいた」
 こんな、安っぽい指輪しか贈れない男じゃなくて。狭苦しい家しか用意できない男じゃなくて。
「君は、あの時私に言った。優衣は必ず守る。必ず幸せにする、と」
 体が勝手にびくりと震えた。
「あの子は、幸せだったのか?」
 なにも言えなかった。ただ黙って、息苦しさに耐えていた。
「病院で、暴言を吐いてすまなかった。優衣が死んだのは誰のせいでもない。もちろん君のせいでもない。それでも……」
 言葉が刃になって、心を切り裂いていく。
「それでも私は、君を許せない」
 また心臓を握り潰されるような痛みが襲ってきた。痛くて苦しくて仕方なくて、そのまま倒れ込んでしまいたいのに、体が動いてくれない。
「理恵は連れて帰る。こんなところにいつまでも来させるわけにはいかない。もう二度と、理恵にも会わないで欲しい」
 話はそれだけだ、と言って、おじさんが立ち上がった。部屋の奥から玄関まで、たった数歩でたどり着いてしまうような距離。そんな狭い部屋の中で、優衣は死んだ。
 ドアが開く音がする。おじさんの気配が消えて、遠ざかる足音が聞こえる。それでも俺はずっと、動けないでいた。少しも動くことができずに、ただじっと座っていた。