気づけば俺は、アパートの前に立っていた。また無意識に体が動いて、きちんと家にたどり着けたらしい。
 カバンのポケットから鍵を取り出し、穴に差し込んで回す。ガチャン、と音がして、鍵があく。
「ただいま」
 玄関の扉を開けても、待っていたのは真っ暗な闇だった。優衣はどこに行ったんだろう。家に帰ったらおかえり、と言って、ふわふわと笑ってくれるのに。今日はたくさん、話したいことがあるのに……。
 電気をつけないまま、手探りで部屋を横切ってベッドに倒れこむ。
 なんだか疲れた。このまま、眠ってしまおう。
 ゆっくりと目を閉じた。本当にそのまま眠ってしまった。
 次に意識が戻ったのは、翌日の朝だった。放り投げた携帯が震える音で目が覚める。
「もしもし……」
「ガク!? 無事!? 生きてるわよね!?」
 通話ボタンを押した途端に理恵の叫び声が聞こえてきて、頭に響く。
「生きてる」
「もう、よかった、何度も電話しても出ないし、もしかしたら後追いかも、なんて変なこと考えちゃって……」
 馬鹿、もう、と半分泣きそうな声で叱られた。
「お父さんがひどいこと言ってごめん。もう冷静になってると思うから、早くうちの実家まで来て。葬儀とかはお父さんが手配してるけど、あなたがいなきゃ……」
「ごめん」
 理恵が何か話し続けているけど、今の俺には理解できない言葉ばっかりだ。頭に霞がかかったようで、意味を理解する前に言葉が空中分解していく。
「何言ってるか、よくわかんない……」
 そのまま電話を切った。ついでに電源まで落として、また放り投げる。
 優衣の声が聞きたい。柔らかな体を抱きしめたい。
 ベッドに寝転びながら、空中に手を伸ばす。そこにはいないのに、優衣の笑顔が見える気がして、そのまままた、目を閉じた。