そんなふうに、穏やかに時間が過ぎた。いつの間にか、秋が終わり、冬が来て、新しい年を迎えた。
 一月の半ば、海外でのプロジェクトに沢木さんが参加することになり、ついて来ないかと誘われた。二月の二週目から二週間、場所はニューヨーク。大掛かりな撮影で、現地のスタジオとも連携して動く。
 いい経験にはなると思うぞ、と沢木さんは言った。
「今回はいろんな場所の人間が集まっての仕事だ。お前みたいな下っ端アシスタントでも、たくさん技術が盗める。むこうの人間は気さくだしな」
 ものすごく心惹かれる話で、一年前なら迷わず行っていた。でも、今は優衣のことが気にかかる。優衣に話したら気にせず行ってくればいい、と簡単に返されたけど、予定日まで一ヶ月あるとはいえ、二週間も一人にしたくない。
 そんな時、理恵がちょうどいいタイミングで連絡をくれた。春休みに入ったら、一度遊びに来る、と言うのだ。ダメもとで二週間滞在して欲しい、と頼むと、二つ返事で了承してくれた。
「私にとっても宿代が浮いてラッキーよ。さすがにあの狭い部屋にお邪魔虫するつもりにはなれなかったけど、ガクがいないなら気兼ねなくのんびりできるしね」
 優衣のことは私に任せて勉強してこい、と頼りがいのある声で言ってくれた理恵に、心の底から感謝した。
 俺が出発する日に合わせて、入れ替わりで理恵が来てくれることになった。姉妹二人きりで過ごすのも久しぶりだからか、優衣はなんとなく浮かれていて、俺は少しだけ嫉妬して、俺といるより理恵といるほうが嬉しそうだな、なんて呟いたら、優衣に大笑いされた。
 出発する日、優衣は理恵と一緒に空港まで見送りに行く、と言ったけど、ほかのスタッフの手前照れくさくて、絶対来るなと断った。優衣はちょっと不満そうに口を尖らせたけど、おみやげ何がいい、と聞くと、すぐに機嫌を直した。
「んとね、ナッツの入ったチョコレート」
「ハワイに行くんじゃないんだから」
「え~、じゃあなんだろ? 思いつかないや」
 帰ってきたら、たくさん話を聞かせて欲しいかな、とはにかみながら言う優衣がたまらなく愛おしく思えて、俺はぎゅうっと彼女を抱きしめた。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
 一緒に住むようになってから何度も交わしたやりとりを、その日も交わす。アパートから出て部屋の方を振り仰ぐと、いつもの出窓から身を乗り出した優衣が満面の笑みを浮かべて手を振っていた。
 いつも通りの光景。
 だからその時は思いもしなかった。
 その姿が、動いている優衣を見る最後の姿だなんて。