「やめなさい、早く立ちなさい」
「嫌です、許してくれるまでこのままでいる。ガクと離れるならこの子と一緒に死ぬ」
 流産しかけたばかりなのに、興奮した状態で薄着で床に座り込ませるわけにはいかない。俺は頭を下げたまま優衣に話しかけた。
「馬鹿、お前はベッドに戻れ」
「いや」
「体冷やして子供に何かあったらどうする」
「それでもいい」
「優衣!」
 彼女は変なところで頑固で、一度言いだしたら聞かない。仕方なく頭を上げて、無理やり優衣を抱き起こす。
「いやってば」
「いいかげんにしろ」
 おじさんの存在を忘れて、気付けば声を荒げていた。
「お前にとって今一番大事なのは、その子を守ることだろ? それは俺は代わってやれない、お前じゃなきゃできない」
 覗き込んだ瞳に、みるみる涙が溢れていく。
「家族、作ってくれるんだろ? ……死ぬなんて言うなよ」
 ぽろぽろ涙をこぼしてしゃくりあげる優衣をベッドに座らせて、布団の中に押し込んだ。泣きながら、ごめんなさいと繰り返す彼女の頭をそっと撫でてあら、おじさんの方へ振り返る。
「死ぬ気で働きます。しばらくは両親が残してくれた貯金もある。絶対に守ってみせます。助けてくれなんて言いません。どうか、見守ってくれませんか?」
 無言のまま俺たちのやり取りを見ていたおじさんが、静かに口を開いた。
「認めるわけじゃない」
「はい」
「少しでも駄目だと思ったらすぐに連れて帰る」
「わかってます」
「……好きにしなさい」
 一言だけ呟いて、背を向ける。
「ありがとうございます」
 そのまま病室を出ていく背中に向かって、俺はもう一度、深く頭を下げた。