優衣の父親は、想像以上に手強かった。
理恵と二人、帰省したその日に話をしたらしい。おじさんの反応は怖いくらいに静かで、話を全て聞くことなく、堕ろしなさい、と一言伝えて席を立ったそうだ。
『あの子今、軽い軟禁状態よ』
二人が帰省してから数日、優衣からなんの音沙汰もなく、電話しても繋がらない。どうなっているのかとやきもきしていた俺に、連絡をくれたのは理恵だった。
『とにかく堕ろせ、の一点張りで。手術を受ける気になるまではおとなしくしてろ、って、家から一歩も出さないの。お父さんはほとんど話をしないし、お母さんはお父さんの顔色を伺ってばっかりで味方なんてしてくれないし、携帯も取り上げられてるみたいで』
はあ、と電話の向こうからため息が聞こえる。
『優衣もほとんど食べれてないみたい。ストレスにつわりも重なって、なにか食べちゃあ吐いてるわ』
これほど反対されると思わなかった、と疲れきった声で言った。
『私は最悪、あの二人に認めてもらえなくたって構わないんじゃないかって思ってる。それよりも優衣の体の方が心配だわ。時間が経って、子供の顔を見れば考えも変わるかもしれないし。……ガクはどうする? 挨拶に来る?』
何も言葉を発することができずにいる俺に、気遣わしげに聞いた。
『殴られるどころか、会ってももらえなさそうだけど』
それでもとにかく、行くしかないだろう。会ってもらえるまで粘るしか、方法がない。
「今度の日曜、休み貰って行くよ」
うん、わかった、と答える理恵の声が、力なく響いた。
それからまた理恵から連絡が入ったのは、金曜日の夜中だった。眠る支度を整えて布団に入った時、ちょうど携帯が震えた。
『ごめんね、夜遅くに』
「いいけど、どうかした?」
『優衣が倒れたの』
電話の向こうから聞こえる声に、眠気が吹き飛ぶ。
『流産しかかってたみたい。でも安心して、子供は無事よ。優衣も今眠ってる』
動転して連絡するのが遅くなっちゃった、という理恵の声からは切迫した空気は感じられなかった。全て処置が終わって、落ち着いてから連絡してくれたらしい。とりあえず、ほっとする。
『なるべく早く顔を見せてあげて。ガクに会うのがきっと、一番の安定剤だと思うから』
それからは一睡もできなかった。迷惑を承知で夜のうちに沢木さんに電話をして次の日休むことを伝え、早朝に駅に向かう。夜乗るはずだった格安バスをキャンセルし、可能な限り早く着ける電車を取った。それからむこうに着くまで、長く感じられて仕方がない時間をひたすら耐える。
バスを降りるなりタクシーを捕まえて、眠そうな運転手に理恵が教えてくれた病院の名前を告げる。窓の向こうを流れる景色は、見慣れたはずの街なのにどこかよそよそしく見えた。俺という中途半端な存在が、拒絶されているような気がして……早く、早く優衣の顔が見たい、と思った。
病院の受付で優衣の名を告げる。案内されたナースステーションの看護師には理恵から話が通っていたのか、眠っていると思うから起こさないように、という言葉とともに部屋の番号を教えてもらった。
そっと病室の扉を開く。誰か付き添いがいるかもしれないと思ったが、気配をうかがう限りはいないようだった。静かに歩み寄り、カーテンを開いて眠っている優衣の顔を覗き込む。
理恵と二人、帰省したその日に話をしたらしい。おじさんの反応は怖いくらいに静かで、話を全て聞くことなく、堕ろしなさい、と一言伝えて席を立ったそうだ。
『あの子今、軽い軟禁状態よ』
二人が帰省してから数日、優衣からなんの音沙汰もなく、電話しても繋がらない。どうなっているのかとやきもきしていた俺に、連絡をくれたのは理恵だった。
『とにかく堕ろせ、の一点張りで。手術を受ける気になるまではおとなしくしてろ、って、家から一歩も出さないの。お父さんはほとんど話をしないし、お母さんはお父さんの顔色を伺ってばっかりで味方なんてしてくれないし、携帯も取り上げられてるみたいで』
はあ、と電話の向こうからため息が聞こえる。
『優衣もほとんど食べれてないみたい。ストレスにつわりも重なって、なにか食べちゃあ吐いてるわ』
これほど反対されると思わなかった、と疲れきった声で言った。
『私は最悪、あの二人に認めてもらえなくたって構わないんじゃないかって思ってる。それよりも優衣の体の方が心配だわ。時間が経って、子供の顔を見れば考えも変わるかもしれないし。……ガクはどうする? 挨拶に来る?』
何も言葉を発することができずにいる俺に、気遣わしげに聞いた。
『殴られるどころか、会ってももらえなさそうだけど』
それでもとにかく、行くしかないだろう。会ってもらえるまで粘るしか、方法がない。
「今度の日曜、休み貰って行くよ」
うん、わかった、と答える理恵の声が、力なく響いた。
それからまた理恵から連絡が入ったのは、金曜日の夜中だった。眠る支度を整えて布団に入った時、ちょうど携帯が震えた。
『ごめんね、夜遅くに』
「いいけど、どうかした?」
『優衣が倒れたの』
電話の向こうから聞こえる声に、眠気が吹き飛ぶ。
『流産しかかってたみたい。でも安心して、子供は無事よ。優衣も今眠ってる』
動転して連絡するのが遅くなっちゃった、という理恵の声からは切迫した空気は感じられなかった。全て処置が終わって、落ち着いてから連絡してくれたらしい。とりあえず、ほっとする。
『なるべく早く顔を見せてあげて。ガクに会うのがきっと、一番の安定剤だと思うから』
それからは一睡もできなかった。迷惑を承知で夜のうちに沢木さんに電話をして次の日休むことを伝え、早朝に駅に向かう。夜乗るはずだった格安バスをキャンセルし、可能な限り早く着ける電車を取った。それからむこうに着くまで、長く感じられて仕方がない時間をひたすら耐える。
バスを降りるなりタクシーを捕まえて、眠そうな運転手に理恵が教えてくれた病院の名前を告げる。窓の向こうを流れる景色は、見慣れたはずの街なのにどこかよそよそしく見えた。俺という中途半端な存在が、拒絶されているような気がして……早く、早く優衣の顔が見たい、と思った。
病院の受付で優衣の名を告げる。案内されたナースステーションの看護師には理恵から話が通っていたのか、眠っていると思うから起こさないように、という言葉とともに部屋の番号を教えてもらった。
そっと病室の扉を開く。誰か付き添いがいるかもしれないと思ったが、気配をうかがう限りはいないようだった。静かに歩み寄り、カーテンを開いて眠っている優衣の顔を覗き込む。