優衣は試験を終えて夏休みに入るのを待って、理恵と二人で帰省した。俺は二人からの連絡を待って、予定を合わせて改めて挨拶に行くことになった。
 理恵に殴られた傷は思ったより腫れて、会う人会う人みんなに訝しがられた。その度に一から事情を説明するのが面倒で、曖昧にごまかしていると、いつの間にか俺が浮気して優衣に殴られたことになっていた。
 結婚することになりました、と沢木さんに報告して、一連の流れを話したら、豪快に笑われた。
「いい女じゃねえか。ぜひお会いしたいね」
 理恵と沢木さんならさぞ気が合うだろう。いずれ紹介するのもおもしろいな、と思う。
「それはともかく。お前、ちゃんとやってけんのか?」
 沢木さんが真面目な顔になった。
「言っとくが給料の額はあげらんねえし、仕事だって今まで通り変わんねえ。お前が今自分のことでいっぱいいっぱいなのを俺は見て知ってる。その辺を、優衣ちゃんはきちんと理解してんのか?」
 優衣に妊娠を告げられた日から、二人で何度も話し合った。優衣は大学を辞めて働くと言っているけど、妊婦をわざわざ雇ってくれるところなんかないだろうし、しばらくは俺ひとりの給料でやっていくしかないだろう。幸いなことに、叔母が俺の大学進学の資金用に貯めて置いてくれたお金を、上京する時に渡してくれてあった。俺の両親の保険金を少しずつ積み立てておいてくれたらしい。ほぼ使わずに置いてあるので、それがあれば当分はなんとかなる。天国の両親にこれほど感謝したことはない。
「贅沢とかはできないと思いますけど。一緒にいられるだけでいい、って言ってくれてます」
 まだ実感は湧かないけど、これから優衣と子供と俺の三人の暮らしが始まる。忘れかけていた、家族と過ごす、という時間。それを守るためなら、なんでもできる自信がある。
 ふん、と沢木さんが面白くなさそうに鼻を鳴らした。一端の父親の顔しやがって、と俺の肩を叩く。
「まあ、とっとと腕を磨くこったな。早く贅沢させてやれるように頑張れや」
 口は悪いけど、そこに込められた期待と応援してくれる気持ちが確かに伝わってきて、俺は自然と頭を下げていた。