優衣から報告を受けるなり、夏休みに入っていた理恵は東京にすっ飛んできた。たまたま俺も休みだったので、二人で駅まで迎えに行く。改札から出てきた理恵を見た途端、優衣が走り寄って抱きついた。
 久しぶりに会う理恵は、顔こそ優衣と同じだけど、前よりもさらに大人っぽくなって、キリッとした印象になっていた。そんな理恵がほわっとした優衣と抱き合う姿は、なんだか一枚の絵を見ているような、現実感のない光景だった。
 こんなに仲のいい姉妹もいないと思う。涙を浮かべながらおめでとう、という理恵に、こちらも半泣きになりながらありがとう、と笑顔を浮かべる優衣。俺が入る隙なんて全くない。
 いい写真になりそうだな、なんて人ごとのように後ろから見ていた俺に、優衣と離れた理恵がいきなりすごい勢いで向かってきた。え、と思う間もなく、勢いのまま握りこぶしを振りかざす。ガツ、と骨と歯が当たる音がした。さすがに吹っ飛びはしなかったけど、不意をつかれてよろめいてたたらを踏む。
 優衣が驚いて短く悲鳴を上げる。周りの人も、何事かとぎょっとしてこちらを見る。
 思い切り俺をグーで殴った理恵は、痛そうに手を振りながら顔をしかめた。
「いろいろ言いたいことはあったけど、これでチャラにしてあげるわ」
 そして、にっこり笑って言った。
「おめでとう、ガク」
 俺も切れた唇の血を拭いながら、ありがとう、と答えた。
 三人で簡単に食事をしたあと、優衣のアパートに戻る。まずはお父さんたちに話さなきゃね、と切り出したのは理恵だった。優衣と並んで、カーペットの上に座り込んでいる。
「私ももうちょっとで夏休みだし、どうせ実家に帰らなきゃいけないから、帰って直接話そうと思ってるんだけど……まずは私一人で話したほうがいいよね?」
「そうねえ。ガクがいきなり現れて、子供ができました、お嬢さんをください、なんて言ったって会話にならないわね、きっと。一瞬で血の海になるわ」
 東京に進学する時だってあれだけ猛反対されたのに、いきなり妊娠、だなんて話になったら、どんな反応を示すのか、想像がつかない。
 少し離れてベッドの上に片膝をついて座った俺は、二人が話すのをキリキリする胃を抱えて聞いていた。二人の父親について、いろんな話を聞いていたけれど、どれもこれも俺を怖気付かせるものばかりだった。血の海なんておおげさだろ、と笑い飛ばしたかったけど、二人の顔があまりに真剣なので口に出せない。
「許してくれると思う?」
 優衣が理恵を頼りなげに見る。理恵はそんな優衣を安心させるように、ぽんぽん、と頭を撫でた。
「大丈夫。私もついててあげるから。何がなんでも認めさせる、くらいの気持ちでいなさいよ。優衣がしっかりしないでどうするの」
 うん、としっかりと頷いて、きゅっと口を引き結ぶ。一番心強い味方ができて、優衣もさぞかし安心しただろう。
 問題はあんたよ、と理恵が俺を振り仰ぐ。
「覚悟しときなさいよ、さっきの私のパンチなんて目じゃないんだから」
 わかってる、と悲壮な顔をする俺を見て、理恵と優衣が二人してくすくす笑う。
「きっと、ね。わかってくれるわ。ちゃんと優衣が幸せそうにしていればね」 
「それは大丈夫! だって私、今人生で一番幸せだもの」
 とろけそうな笑顔の優衣を見て、理恵もまた、見守るように笑みを浮かべた。