「電気を」
 自分でもおかしいくらいに震えた声が出た。
「消してくれませんか?」
 舌が張り付いてうまく喋れなかったけど、なんとか伝わったようだった。
「わかった」
 彼が手を伸ばしてスイッチを探る。パチン、と音がして、スタジオ中の電気が消えた。
 ブラインドの隙間から漏れる僅かな街灯の明かりが、薄闇を照らす。
 じっと、見つめてくる視線を感じる。
 力が入らない手をなんとか動かして、ブラウスのボタンを外していく。緊張のせいで震える指が、言うことを聞いてくれなかった。いつもの何倍もの時間をかけて、必死に指を動かす。
「撮るよ?」
 もう桐原さんの方なんて見れない。ただ首だけで頷いて、手を動かすことに集中した。
 シャッターを切る音と、雨の音、時折外を車が通る音。それ以外は無音の中で、自分の息遣いと心臓の音が嫌にはっきりと聞こえる。
 濡れて体に張り付いた布地を、ゆっくりはがす。下に着ていたキャミソールも濡れていて、脱ぐと、いつもは外気に触れることがないお腹がスースーする。
 躊躇いながら、スカートを脱ぐために立ち上がる。足に力が入らなくて、よろめきながらなんとか立った。ボタンを外すと、ストン、と足元に落ちる。
 下着を取るのに一番手間取った。手が震えて、ブラのホックが外せない。何度もカチカチ手を滑らせながら、やっと外せた。ショーツを脱ぐときにはもう、寒いんだか怖いんだか恥ずかしいんだか、わけがわからなくなっていた。ありえないくらいに心臓が早鐘を打っていて、息もうまくできなくて、このまま窒息死してしまうんじゃないだろうかと本気で思った。
 下着も全て、取り払った。さあ、顔を上げろ。ちゃんと、前を向くんだ。
 自分を叱咤して、奥歯を噛み締める。ぎゅっと目をつぶって、顔を上げる。
 ゆっくり目を開くと、目線の先にカメラを構える桐原さんがいた。
 真正面からレンズを見つめる。彼は一度、シャッターを押すと、だらり、とカメラを持った手をおろした。
「なんで……」
 彼が、掠れた声で呟いた。
「そんな簡単に、自分をさらけ出せる?」
 私よりもよほど、傷ついた目をしていた。
 桐原さんこそ、どうしてそんなに辛そうな顔をするの?
「なんでもする、って言いました」
 彼が目を伏せた。
 どうして、私から目を背けるの?
 こっちを見て。
「信じてもらえますか?」
 私の、気持ちを。
「あなたが好きです」
 顔をあげた、彼の目を真っ直ぐ見つめる。
 私たちは、無言のまま、しばらく見つめ合っていた。