理恵の予感は当たった。数日後、日南子ちゃんからメールが来た。
『話したいことがあります。お時間いただけませんか?』
 メールの文面からは気持ちが全く読み取れない。人の心の裏を読むのは得意だったつもりなのに、美咲ちゃんのことがあってからその自信は崩れ去った。裏の裏を読もうと、気付けば最近、人の顔色を探ってばかりいる。
『明日か明後日の夕方なら、事務所にいるよ』
『明日の六時くらいに、伺ってもいいですか?』
『了解』
 一体なんの話があるというのだろう。裏切られたと罵倒するのも、好きですと泣き落とすのも、彼女には似合わない気がした。
 その日は一日雨だった。しかも、バケツをひっくり返したような、という形容詞がぴったりな大雨。台風が近づいてる影響だろうけど、風も強い。
 屋内の撮影だったので仕事には影響なかったけれど、車の俺ですら外を移動するのが億劫だった。日南子ちゃんは大丈夫だろうか。急ぎの用事でもないだろうし、日を改めたほうがいいかもしれない。そうやって延期しているうちに、彼女もどうでもよくなるかもしれないし。 
 そろそろ事務所に着く、というところで信号に引っかかった。時計をちらっと見ると、五時半を指している。今頃こちらに向かっている頃か、躊躇っている頃か。電話してみるべきか、と思っていると信号が青に変わった。
 車を走らせて、角を曲がってすぐ、事務所の入口が見え始めるのと同時に、ドアの前にうずくまる人影が目に飛び込んできた。
 今日の風の前に傘なんかなんの意味もなくて、雨の中座り込んでこちらを見上げる彼女は、ダンボールに入れられて捨てられた子犬みたいだった。
「何やってんの!?」
 慌てて車を止めて飛び出す。つい荒くなった声に、一瞬彼女がビクッとした。
「ごめんなさい、ちょっと早くついちゃって」
 ごめんなさい、なんて言わないで欲しい。もう誰かに謝られるのは嫌だ。
「こっちこそごめん、もっと早く帰ればよかった」
 急いで鍵を開けて、彼女を中に招き入れる。髪からも服からも、水滴がぽたぽた落ちて彼女の足元を濡らした。置いてあったタオルをありったけ持ってきて彼女に渡すと、すみません、とおとなしく受け取って、体を拭き始める。