「ほんっとに、すみませんでした!」
顔を見るなりようちゃんに勢いよく頭を下げられて、面食らう。
もう遅い時間で、ほとんどの人は帰っているとはいえ、編集部内にはまだ数人残って仕事をしていた。慌てて頭を下げたままのようちゃんを廊下に引っ張り出して、人気のない階段の踊り場に連れてくる。
理恵に呼ばれて打ち合わせに来た帰りだった。理恵のデスクで待っていたようちゃんに捕まった。理恵は知っていたのか、驚きもせずに黙って頭を下げるようちゃんを見ていた。
「いきなり来てすみません。でも、ちゃんと顔見て謝らなきゃって思って」
「俺、そんなに謝られること何かされたっけ?」
いつもの元気の良さがすっかりなりを潜めていて、こっちのほうが痛々しい気持ちになってくる。
「一昨日、美咲から突然呼び出されたんです。会って全部聞きました」
それを聞いて、ああ、そうか、と納得した。ということは、俺の身勝手な行動も全部バレてるってことか。
「私が、不用意にいろんなこと話したから、美咲もあんなことしちゃったんだと思います。本当にすみません」
「いや、ようちゃんが悪いんじゃないから」
「でも、私が変なこと話さなきゃ、美咲だってあんなに泣かなくて済んだのに……」
しゅん、とした彼女の目にみるみる涙が溜まっていく。
「美咲があんなに泣くの、初めて見たんです。いつも落ち着いてて、動揺するところとか見たことなかったから。だから、相当辛かったんだな、って」
話を聞きながら、申し訳なくて心臓が痛む。そんな思いをさせた張本人はこの俺だ。
「美咲、彼氏と結婚の話まで出てて、すごく幸せそうだったんです。もうガクさんのことなんて昔話になってて、だから私、調子に乗ってヒナちゃんのことまで話しちゃって。でも、最近になって彼氏が他の子好きになっちゃって、別れたらしいんです。相当ショックだったみたくて」
だからあの時、突然の再会だったのにあんな風に誘ってきたのか。
「なんで私は一番になれないんだろう、って泣いてました。誰かの特別になりたいだけなのに、って。あんな、ヒナちゃんに当てつけるようなことしたのも、ヒナちゃんが羨ましかったからだと思うんです。美咲、すっごい反省してましたし、後悔してました。ガクさんにも謝りたい、って言ってました」
ようちゃんはまた、頭を下げる。
「私からも、お願いします。美咲のこと許してあげてください」
「いや、一番悪いのは俺だから。謝んないでよ、ね?」
泣きながら頭を下げるようちゃんを前に、俺は途方に暮れてしまった。彼女にこんなに謝られたら、俺はどうしたらいいんだろう。土下座して頭を丸めるくらいのことはしなきゃいけなくなる気がする。
「俺がはっきりしてないから、美咲ちゃんも日南子ちゃんも振り回して……俺の方こそ本当にごめん。美咲ちゃんにも、嫌な思いさせた。謝らなきゃいけないのは俺の方だ」
昔のことも含め、俺は知らないうちにたくさんあの子を傷つけたんだろう。全部俺が悪い。
泣き続けるようちゃんをなんとか宥め、落ち着かせる。送っていこうかと申し出ると、自分も車だから大丈夫、と最後に少しいつもの笑顔を見せて帰っていった。
なんで俺はこんなに不甲斐ないんだろう、と自分が嫌になる。誰も泣かせたくないし、傷つけたくなんてないのに、最近周りの人を泣かせてばかりだ。それが嫌だから距離を置いてるのに。
なんでみんな、あんなに簡単に涙を流せるんだろう。
理恵のデスクに置きっぱなしだった荷物を取りに戻ると、ほかの人たちはみんな帰っていて、理恵が一人で待っていた。
「まだいたのか?」
「誰かさんが落ち込んでるのを慰めてあげようと思って」
いつの間に買ってきたのか、缶ジュースを投げて寄こした。俺の御用達の激甘乳酸菌飲料は、ここの自販機でしか見たことがない。
ありがたくいただいて、口を付ける。しつこい位の甘ったるさが口の中に広がった。
「どこまで聞いてんの?」
「だいたいは」
理恵は自分のオレンジジュースを開ける。いつもブラックのコーヒーばかりだったけど、さすがにカフェインの摂取は控えているらしい。
「相変わらずフラフラしちゃって。誘われたら誰とでも寝るの、もうやめたら?」
「そんなに節操なしじゃないだろ」
「十分節操なしよ、自覚しなさい」
ひどい言いがかりだ。誰でもいいわけじゃないし、ちゃんと相手を見て慎重に選んでる。
「昔はあんなに一途だったのに、なんでこんなふうになっちゃったのかしら。特定の人間に深く関わるのは怖いのに、一人は寂しいから体だけ誰かと繋がっていたいなんて、随分身勝手よね」
それは正しいと思うから、何も言い返せない。
「自分のせいで誰かが傷つくのが極端に怖い……ねえ、今回もまた自分が泣かせたって思ってるんでしょ?」
「その通りだろ」
「自分のせい、自分が悪い、自分に関わらなきゃこんなことにならなかった。あなた、そういうふうに言い訳して、いつまで逃げるつもり?」
「逃げてなんかない」
「嘘よ。自分でもわかってるくせに」
顔を見るなりようちゃんに勢いよく頭を下げられて、面食らう。
もう遅い時間で、ほとんどの人は帰っているとはいえ、編集部内にはまだ数人残って仕事をしていた。慌てて頭を下げたままのようちゃんを廊下に引っ張り出して、人気のない階段の踊り場に連れてくる。
理恵に呼ばれて打ち合わせに来た帰りだった。理恵のデスクで待っていたようちゃんに捕まった。理恵は知っていたのか、驚きもせずに黙って頭を下げるようちゃんを見ていた。
「いきなり来てすみません。でも、ちゃんと顔見て謝らなきゃって思って」
「俺、そんなに謝られること何かされたっけ?」
いつもの元気の良さがすっかりなりを潜めていて、こっちのほうが痛々しい気持ちになってくる。
「一昨日、美咲から突然呼び出されたんです。会って全部聞きました」
それを聞いて、ああ、そうか、と納得した。ということは、俺の身勝手な行動も全部バレてるってことか。
「私が、不用意にいろんなこと話したから、美咲もあんなことしちゃったんだと思います。本当にすみません」
「いや、ようちゃんが悪いんじゃないから」
「でも、私が変なこと話さなきゃ、美咲だってあんなに泣かなくて済んだのに……」
しゅん、とした彼女の目にみるみる涙が溜まっていく。
「美咲があんなに泣くの、初めて見たんです。いつも落ち着いてて、動揺するところとか見たことなかったから。だから、相当辛かったんだな、って」
話を聞きながら、申し訳なくて心臓が痛む。そんな思いをさせた張本人はこの俺だ。
「美咲、彼氏と結婚の話まで出てて、すごく幸せそうだったんです。もうガクさんのことなんて昔話になってて、だから私、調子に乗ってヒナちゃんのことまで話しちゃって。でも、最近になって彼氏が他の子好きになっちゃって、別れたらしいんです。相当ショックだったみたくて」
だからあの時、突然の再会だったのにあんな風に誘ってきたのか。
「なんで私は一番になれないんだろう、って泣いてました。誰かの特別になりたいだけなのに、って。あんな、ヒナちゃんに当てつけるようなことしたのも、ヒナちゃんが羨ましかったからだと思うんです。美咲、すっごい反省してましたし、後悔してました。ガクさんにも謝りたい、って言ってました」
ようちゃんはまた、頭を下げる。
「私からも、お願いします。美咲のこと許してあげてください」
「いや、一番悪いのは俺だから。謝んないでよ、ね?」
泣きながら頭を下げるようちゃんを前に、俺は途方に暮れてしまった。彼女にこんなに謝られたら、俺はどうしたらいいんだろう。土下座して頭を丸めるくらいのことはしなきゃいけなくなる気がする。
「俺がはっきりしてないから、美咲ちゃんも日南子ちゃんも振り回して……俺の方こそ本当にごめん。美咲ちゃんにも、嫌な思いさせた。謝らなきゃいけないのは俺の方だ」
昔のことも含め、俺は知らないうちにたくさんあの子を傷つけたんだろう。全部俺が悪い。
泣き続けるようちゃんをなんとか宥め、落ち着かせる。送っていこうかと申し出ると、自分も車だから大丈夫、と最後に少しいつもの笑顔を見せて帰っていった。
なんで俺はこんなに不甲斐ないんだろう、と自分が嫌になる。誰も泣かせたくないし、傷つけたくなんてないのに、最近周りの人を泣かせてばかりだ。それが嫌だから距離を置いてるのに。
なんでみんな、あんなに簡単に涙を流せるんだろう。
理恵のデスクに置きっぱなしだった荷物を取りに戻ると、ほかの人たちはみんな帰っていて、理恵が一人で待っていた。
「まだいたのか?」
「誰かさんが落ち込んでるのを慰めてあげようと思って」
いつの間に買ってきたのか、缶ジュースを投げて寄こした。俺の御用達の激甘乳酸菌飲料は、ここの自販機でしか見たことがない。
ありがたくいただいて、口を付ける。しつこい位の甘ったるさが口の中に広がった。
「どこまで聞いてんの?」
「だいたいは」
理恵は自分のオレンジジュースを開ける。いつもブラックのコーヒーばかりだったけど、さすがにカフェインの摂取は控えているらしい。
「相変わらずフラフラしちゃって。誘われたら誰とでも寝るの、もうやめたら?」
「そんなに節操なしじゃないだろ」
「十分節操なしよ、自覚しなさい」
ひどい言いがかりだ。誰でもいいわけじゃないし、ちゃんと相手を見て慎重に選んでる。
「昔はあんなに一途だったのに、なんでこんなふうになっちゃったのかしら。特定の人間に深く関わるのは怖いのに、一人は寂しいから体だけ誰かと繋がっていたいなんて、随分身勝手よね」
それは正しいと思うから、何も言い返せない。
「自分のせいで誰かが傷つくのが極端に怖い……ねえ、今回もまた自分が泣かせたって思ってるんでしょ?」
「その通りだろ」
「自分のせい、自分が悪い、自分に関わらなきゃこんなことにならなかった。あなた、そういうふうに言い訳して、いつまで逃げるつもり?」
「逃げてなんかない」
「嘘よ。自分でもわかってるくせに」