「ガクなら今日は事務所で仕事、って言ってたわ。ほんとに顔に出やすいのね」
そんなにわかりやすいかなあ。普通にしてるつもりなんだけど。
撮影が終わったあと、理恵さんに背中を押されて、日持ちのするガトーショコラを二つ買った。少し浮かれた気持ちで、桐原さんのスタジオに向かう。遠くから小さく明かりが漏れているのが見えて、軽く小走りになった。
さらに近づくと、ドアのところに誰かが立っているのが見えた。背中くらいまでの長い髪の、女の人。横を向いて、誰かに話しかけているようだったから、奥に桐原さんがいるんだろう。何かの打ち合わせだろうか、だったら邪魔しちゃまずいかも。
帰ろうかな、と思った瞬間、ふっとその女の人がこちらを向いて、目があった。
その人は一瞬不審げに目をすがめて、それから苛立ちをぶつけてくるようなすごく険しい表情になった。刺すような鋭い目線から、徐々に挑発するような色合いに変わっていく。
私から目線を外すと、その人は奥に入っていく。
なに? なんなの?
見ず知らずの人に、あんな目で見られて、なんだか気分が悪かった。ただの仕事関係の人じゃないような雰囲気だ。
あの人、いったい誰?
気になってしまって、そっとドアに忍び寄る。覗き見なんて悪いと思ったけど、ただの打ち合わせだって確認したかった。
声がかすかに聞こえてくる。女の人の声と、桐原さんの声。何を話しているのか、もうちょっとで聞こえそうだ。
ガラスに影が映らないように身を縮ませて、壁の影からそっと中を覗き込む。
いつも撮影に使っているスペースに、人影が見える。机の上に浅く腰掛けている桐原さんの上に、あの女の人が覆いかぶさって……。
キス、してた。
衝撃で体が固まる。
見たくないのに、目が逸らせない。
女の人が、甘えたような声で言うのが聞こえる。
「あのモデルの子にも、ここでこういうキス、するんですか?」
誰の話? もしかして、私?
「あの子はそんなんじゃない」
女の人が桐原さんの頭を抱くように腕を絡ませて、それを振り払うこともなく、彼の手も女の人の首筋に回る。
見たく、ないのに。目が離せない。体が動かない。
「そういう関係じゃないのに、男のところに足繁く通ってきたりします?」
「ただ物珍しいだけだよ。すぐ飽きる」
ーー何を、言ってるの?
飽きるって誰が? 私が?
それとも……桐原さんが?
「結構本気みたいな話でしたけど?」
「若い子なんてそんなもんだろ。近くにいる年上の男に幻想を抱いてるだけ」
恋愛の真似事だよ、と冷め切った声で言った。
頭が真っ白になる。怒りなのか、悲しさなのかわからない、激しい感情が頭の中を染めていく。
違う。真似事だなんて、そんなふうに思われたくない。
手から力が抜けていく。持っていた袋が指からすり抜けていく、その一瞬前、桐原さんの腕の中の女性が勝ち誇ったような目でこちらを見た気がした。
ガシャン。
袋が落ちて、地面に置いてあったポストにあたって派手な音がした。
抱き合っていた二人の目線がこちらに向けられる。我に返って呪縛が解けた私は、その視線を振り切るように走り出した。
振り返らないように、ひたすらに。
そんなにわかりやすいかなあ。普通にしてるつもりなんだけど。
撮影が終わったあと、理恵さんに背中を押されて、日持ちのするガトーショコラを二つ買った。少し浮かれた気持ちで、桐原さんのスタジオに向かう。遠くから小さく明かりが漏れているのが見えて、軽く小走りになった。
さらに近づくと、ドアのところに誰かが立っているのが見えた。背中くらいまでの長い髪の、女の人。横を向いて、誰かに話しかけているようだったから、奥に桐原さんがいるんだろう。何かの打ち合わせだろうか、だったら邪魔しちゃまずいかも。
帰ろうかな、と思った瞬間、ふっとその女の人がこちらを向いて、目があった。
その人は一瞬不審げに目をすがめて、それから苛立ちをぶつけてくるようなすごく険しい表情になった。刺すような鋭い目線から、徐々に挑発するような色合いに変わっていく。
私から目線を外すと、その人は奥に入っていく。
なに? なんなの?
見ず知らずの人に、あんな目で見られて、なんだか気分が悪かった。ただの仕事関係の人じゃないような雰囲気だ。
あの人、いったい誰?
気になってしまって、そっとドアに忍び寄る。覗き見なんて悪いと思ったけど、ただの打ち合わせだって確認したかった。
声がかすかに聞こえてくる。女の人の声と、桐原さんの声。何を話しているのか、もうちょっとで聞こえそうだ。
ガラスに影が映らないように身を縮ませて、壁の影からそっと中を覗き込む。
いつも撮影に使っているスペースに、人影が見える。机の上に浅く腰掛けている桐原さんの上に、あの女の人が覆いかぶさって……。
キス、してた。
衝撃で体が固まる。
見たくないのに、目が逸らせない。
女の人が、甘えたような声で言うのが聞こえる。
「あのモデルの子にも、ここでこういうキス、するんですか?」
誰の話? もしかして、私?
「あの子はそんなんじゃない」
女の人が桐原さんの頭を抱くように腕を絡ませて、それを振り払うこともなく、彼の手も女の人の首筋に回る。
見たく、ないのに。目が離せない。体が動かない。
「そういう関係じゃないのに、男のところに足繁く通ってきたりします?」
「ただ物珍しいだけだよ。すぐ飽きる」
ーー何を、言ってるの?
飽きるって誰が? 私が?
それとも……桐原さんが?
「結構本気みたいな話でしたけど?」
「若い子なんてそんなもんだろ。近くにいる年上の男に幻想を抱いてるだけ」
恋愛の真似事だよ、と冷め切った声で言った。
頭が真っ白になる。怒りなのか、悲しさなのかわからない、激しい感情が頭の中を染めていく。
違う。真似事だなんて、そんなふうに思われたくない。
手から力が抜けていく。持っていた袋が指からすり抜けていく、その一瞬前、桐原さんの腕の中の女性が勝ち誇ったような目でこちらを見た気がした。
ガシャン。
袋が落ちて、地面に置いてあったポストにあたって派手な音がした。
抱き合っていた二人の目線がこちらに向けられる。我に返って呪縛が解けた私は、その視線を振り切るように走り出した。
振り返らないように、ひたすらに。