「あいつが年食って偏屈じじいになる前に、壁をぶち壊してくれると助かる」
 桐原さんは、会っている時はいつも穏やかに笑っていてくれるけど、一歩下がった距離感は相変わらずだった。随分話もしたけれど、過去のことにも一切触れない。
「私にできるんでしょうか?」
「少なくとも俺は期待してる。今まであいつの周りにいなかったタイプだしな」
 沢木さんのような人にそう言ってもらえると、認めてもらえたようでなんだかすごく勇気が出る。
「がんばります!」
 勢い込んで言うと、沢木さんもおう、と力強く答えてくれた。
 
 カメラを向けられることにも慣れて、なんとか自然に笑えるようになった。窓際の席に座って、にこやかにカップを傾ける。あ、おいしい、なんて味を楽しむ余裕ができた。
 沢木さんもあんまり注文をつけてこないタイプの人で、撮影はあっけなく終わった。沢木さんが店内やメニューの写真を撮り、理恵さんがお店の人と話してる間、私はのんびりとお茶を堪能させてもらっただけだった。二軒目、三軒目と回ったけど、全部そんな感じで、ちょっと拍子抜け。今回もお仕事じゃなくて、ただカフェ巡りをして楽しませてもらっただけな気がする。
 これでいいんでしょうか、と呟く私に、みんなそんなものよ、と取材を終えた理恵さんが笑った。
「ヒナちゃんは真面目に考えすぎ。他の子だって、ほとんどサークルのノリでやってるんだから」
「そんなものですか?」
「もちろん、リサちゃんみたいに本業のモデルとして働きたいならそれじゃ困るけど、ウチみたいな雑誌の読者モデルなんてそこまで頑張らなくて大丈夫。その真面目なところがヒナちゃんのいいところなんでしょうけど」
 そっかあ、みんなそうなら、私も楽しんでていいのかなあ。ちょっと肩の荷が降りたような気がする。気負いすぎてダメになるタイプだって言われたことあるし。
 三軒目は古い町家をリノベーションしたカフェで、昔のままの趣が残った落ち着く店だった。レジの横のショーウィンドーにはテイクアウトできるケーキが並んでいる。
 ……持っていこうかな。
 でも、ケーキって生ものだし、やっぱり日持ちのするものの方がいいだろうか。今日、事務所にいるかどうかもわかんないし。
 私がじっとショーウィンドーを見ていると、理恵さんが吹き出した。