それからしばらく、他愛のない話をした。美容師を辞めた今は、普通にOLをしているらしい。店にいる頃からようちゃんと仲がよかったけど、今でもたまに会っていて、ちょうどつい最近も食事をしたのだそうだ。
「桐原さんの話も出たんですよ。だから今日会えて、ビックリしちゃった」
 何の話をしたんだか。変なこと聞いてないといいけど。
「今日は、これからフリーですか?」
 自分の分を飲み終わった彼女が、ストローから口を離して少し甘えるように上目遣いで聞いてきた。思い出した。昔もよく、こういう上目遣いをしてくる子だった。
「一応、なにもないけど」
 答えながら内心、どうしようか迷う。別に誰に遠慮する必要もない。最近忙しくて、そういうことからは遠ざかっていたし、それなりに溜まっていたりもする。
 それに、と思う。最近、優衣の夢ばかりを見て、少し精神的に参っていた。触れたいのに触れられない、手が届く寸前で消えてしまう夢ばかり。
 何の関係もない子に、全部忘れて没頭したい。
「私、もう昔みたいに、つきまとったりしませんよ?」
 美咲ちゃんが意味ありげに笑う。
 別につきまとわれたわけじゃなかった。ただ少し電話の回数が増えて、会いたい、と言われる回数が増えただけ。それだけで、あの時俺は彼女から離れた。
「久しぶりに会った記念です」
 今日、だけ。前みたいに楽しみませんか?
 理恵と話をしたあの夜から、いろんなことを考えるのに疲れていた。今が楽しければ、それでいいじゃないか。
「いいよ」
 彼女の頬を、親指でそっとなぞった。昔と同じ、それが了解の合図だった。