「桐原さん、ですよね?」
 その日の取材は、街角で歩いている女の子を捕まえて、簡単なアンケートに答えてもらうというものだった。声をかけるのは編集の子の仕事だから、俺は撮影の許可が出た女の子の写真を撮るだけ。そこそこ可愛い子にばっかり声をかけるのだから当たり前だけど、みんな自分に自信を持っているのか、カメラを向けても堂々としていた。自分の見せ方、みたいなものをよくわかっていると思う。
 その中の一人に声をかけられて、一瞬誰だか分からずに、言葉に詰まってしまった。
「え、っと」
「もしかして覚えてないです? 三年くらい前に、シャルム、って美容室で働いてたんですけど」
 シャルム、ってことはようちゃんの店だよな?
 記憶を探って、すぐにその存在を思い出す。
「ああ、美咲(みさき)ちゃん?」
 あの頃はショートに近いボブだったのに、髪が随分伸びている。印象は変わったけど、笑った感じは確かにあの頃のままだ。
「お久しぶりです。お元気でしたか?」
「うん、相変わらず。そっちも元気?」
 彼女も見た通りです、と笑って言った。
 写真を何枚か撮らせてもらってアンケートをとり終わると、これから時間ありませんか、とまた声をかけてきた。
「まだちょっとかかるけど」
「じゃあ待ってます。何時になっても私は構いませんから」
 今日の仕事はこれだけだし、特に断る理由もなかった。いいよ、と答えると、そこのコーヒーショップで待ってます、と言って去っていく。
 昔、少しだけ付き合ったことのある子だった。深入りされそうになったからすぐに別れたけど、多分、彼女のことは傷つけてしまったんだと思う。あれからすぐ美容室を辞めてしまったから、当時は少し気になっていた。
 ガクさん浮気ですか、と面白半分で聞いてくる編集の子を適当にあしらって、次に取材する女の子を探した。変に興味を持たれて編集部で噂されたらたまらない。
 それから何人かの写真を撮ったあと、仕事を終えたその足でコーヒーショップに向かった。
 美咲ちゃんは窓際のカウンターに座って本を読んでいた。自分の分のドリンクを買って隣に座ると、彼女は読んでいた本から顔を上げた。
「それ、ホワイトモカでしょ?」
 うん、と頷くと、変わってないですね、と笑った。