「じゃあ俺にどうしろって言うんですか」
「とっととちゃんとした彼女を作れ。身を固めろ」
「無理です」
 枝豆をつまみながら、沢木さんが乾いた笑いを漏らした。軽い口調で言ってるけれど、掛け値なしの本音なんだろう。俺だってわかる、俺が、他人から距離を置き続ける限り、理恵が納得することは無い。
 だからって、簡単に誰かに深く関わる気になんて、なれない。
「俺さ、理恵にガキができたって聞いた時、すげえいいタイミングだな、って思ったんだよ。お前の前にあの子が現れて、理恵に子供ができて。なんか、優衣ちゃんが全部導いてくれてるような気がしてな」
「あの子は関係ないでしょう」
「わかってるよ。年寄りの戯言だ。聞き流せ」
 沢木さんはそう言うと、さあ、お姫様のお迎えに行ってくるかなとのそのそ立ち上がり、トイレの方に歩いて行った。
 
 あの後、沢木さんに連れてこられた理恵は泣きはらした目を隠そうともせず、俺にしつこく聞いた。
 いいのね? ほんとに、いいのよね?
 俺は今度はまともに笑えていたと思う。
 いいんだよ。おめでとう。
 理恵はとうとう俺たちの目の前で泣き出して、沢木さんが珍しくおろおろしていた。こいつの泣き顔なんて、何年ぶりだろう。なんだかおかしくなって、泣いている理恵の前でひたすら笑っていた。傍から見たら変な光景だっただろうなと思う。
 別れ際の理恵がすっきりした顔をしていたのが救いだった。これからは堕ろすなんて馬鹿なことは言わないだろう。
 タクシーを拾う距離でもないから、家まで歩く。夜だというのに風がぬるい。
 ーーいいタイミングだと、思ったんだよ。
 沢木さんの言葉が脳裏をよぎる。
 ーー優衣ちゃんが、導いてくれてるような気がしてな。
 別に、優衣に囚われてるわけじゃない。ただ、今のままが居心地がいいから、変える気がないだけで。
 ーーじゃあ、告白されたら付き合うの?
 理恵の言葉。もし、あの子がぶつかってきたら、どうする?
 俺に惚れてるわけじゃない。身近にいる年上の異性に、ただ幻想を持ってるだけだ。
 ーーあなたはそれでいいの?
 知るか。
 考えるのが面倒になって、ただひたすら頭を空っぽにして、歩いた。
 
 その日の夜、また優衣の夢を見た。優衣が俺に笑いかける夢。
 手を伸ばして、触れようと思った瞬間に、消えてなくなってしまう、夢。