理恵が沢木さんの顔をうかがう。沢木さんはグラスを置いて、おもむろに居住まいを正す。なんだろう、こっちまで緊張してくる。
「実はな、まあ、なんだ。籍を入れようと思ってるんだが」
 何を言われるのか身構えていた俺は、拍子抜けして、なんだ、と思わず呟いてしまった。
「その報告ですか?」
「おう」
 身構えて損した。そんなに硬い顔して言うことじゃないだろう。
「おめでとうございます。ようやくその気になってくれたんですね。頑固なこいつをどうやって口説き落としたんです? 土下座でもして泣きついたんですか?」
 理恵もひっくるめてからかってやろう、と思って言っただけだったのに、なんだか二人とも表情がまた硬くなった。理恵なんて、さっきからずっと黙ったままだ。
「二人とも、もうちょっと嬉しそうな顔したらどうなんです? 部外者の俺が一番浮かれてるんですけど」
 なんでこんなに悲壮感が漂ってるんだろう。俺、なんか聞き間違いでもしてるか?
 この場の雰囲気に戸惑う俺に、理恵はなにかを躊躇ったあと、なぜか正座しだした。沢木さんは心配そうにそれを見守る。
「それなんだけど」
「それ?」
「結婚を決めた理由。……私、妊娠したの」
 理恵がきっぱりと言った。
 ――妊娠、したの。
 一瞬、意味を捉えきれずに言葉だけが宙に浮く。それから唐突に頭の中でその言葉が形をなして、すとん、と心の中に落ちてきた。
 妊娠、したの。
 声が、響く。理恵と同じ、でも違う、声が。
 キリキリと心臓を絞るように声が絡みついて、息が止まる。驚いて、嬉しくて、でも怖くて、辛くて、苦しくて……いろんな感情が絡まって暗闇に引きずり込まれそうになる手前で、我に返った。
 俺の顔を、二人がじっと見つめている。
「よかったじゃん。おめでとう」
 絞り出した声は、それでもさっきとは違う、掠れた小さな声だった。
 理恵が泣きそうに顔を歪める。俺と同じように、掠れた声で言った。
「ちゃんと本音を言って欲しいんだけど。私、産んでもいい?」
 真剣な声。そんなこと。
「なんで俺に聞くの?」
 理恵の気持ちは、考えていることは、痛いくらいにわかる。
 でも。
 そんなこと、俺に聞かないでくれ。
「二人で決めたんなら。祝福するよ」
「本音を言って」
「本音だよ」