容子さんののんびりした声につられて入口を見ると、ちょうどいいタイミングで背の高い男の人の姿が見えた。肩からかけたカメラをいじりながら歩いてくる。
「遅れたのは謝るけど、うっかりカメラマンって言うのやめてくれない?」
「だってこの前もどっかの撮影で忘れ物したんですよね? 聞いてますよう」
「そういう情報は忘れてください」
 容子さんと親しそうに話すその人は、すっきりした一重の目元に優しそうな笑みを浮かべていた。ちょっと癖のある真っ黒な髪は無造作に流してあって、触ったら柔らかそう。手足が長くて、それこそモデルさんみたいなスタイルの良さ。
「ヒナちゃん、こちらカメラマンの桐原(きりはら)さん。聞いての通りうっかりさんです」
「だからうっかりはもういいから」
 苦笑いしながら、そのカメラマンさん……桐原さんが、私に名刺を差し出してくれた。
「今日撮影を担当する桐原です。よろしくね」
 ついじっと顔を見てしまっていた私は、慌てて名刺を受け取った。
「道端です! こちらこそ、よろしくお願いします!」
 勢いよく頭を下げて、桐原さんにも苦笑される。
「雑誌だけどそんなに本格的な撮影じゃないから。あんまり意識しないでもらえれば」
 みんな気遣ってくれるけど、そんなに緊張してるのが伝わるんだろうか。なにもしていないうちからこの調子で、ちゃんとできるんだろうか……。
「準備ができてるなら、早速始めようか」
 今回はヘアメイクから構成まで全部任されているという容子さんの指示で、まずは一面ガラスの窓の前で撮影する。外のグリーンが映えて、開放的に見えるシャンプースペースだ。店内に置いてある棚の隣に立つと、桐原さんがファインダーを覗き込みながら細かく指示を出してくれる。
「もうちょい右……あ、行き過ぎ。そう、その辺で。心持ち左向いて、ちょっと顎引いて……うん、そんな感じで。もっと自然に笑える?」
 と言われても、ロボットのように言われるままに動くだけで精一杯で、表情にまで気を遣う余裕がない。桐原さんのむこうでは容子さんと中屋さんが真剣な表情でこちらを見ていて、どうしても気になってしまう。
 緊張と恥ずかしさと、慣れない雰囲気に呑まれてしまって、顔の筋肉が全然言うことを聞いてくれず、引きつっているのが自分でもわかった。容子さんたちが話しかけてくれたりしたけれど、緊張は全然解けてくれない。
 しばらくして、桐原さんがカメラを下ろした。
「ちょっと休憩しよっか」