「撮ってみる?」
「いいんですか?」
 差し出されたカメラを、恐る恐る受け取る。うわ、思ってたより重い。
 手招きされて、真っ白な空間についていく。ピアスにレンズを向けると、彼に言われる通りにファインダーを覗き込んで、シャッターを押した。彼がすぐに撮った写真を画面に表示して見せてくれる。……なんだかぼやけてる?
「こいつはね、ちょっと技術がいるんだ」
 そう言って私の手からカメラを取り上げると、彼はピアスに向けて構えた。何かを手元で操作しながらシャッターを押して、また画像を見せてくれた。私が撮ったものと全然違って、背景をわざとぼかした中にピアスがはっきり浮かび上がって、きれいに陰影がついている。
「すごい、全然違う」
「一応これで飯食ってますから」
 二つのデータを何度も切り替えてはしゃぐ私を、彼が笑って見ていた。カメラを返そうと彼の顔を見て、なんだか懐かしそうな顔をしているのに気がついた。目の前の私ではなく、その後ろ、どこか遠くを見ているような。
「なに考えてるんですか?」
「え?」
「なにか、思い出してました?」
 私の言葉に、ハッとしたように笑みを引っ込めた。
「……いや」
 どこか気まずそうな表情を浮かべて、少しの間、沈黙が降りた。その沈黙を破るように、彼の携帯が鳴った。ちょっとごめん、と断ってから電話に出る。奥の方に行ってしまって話の内容はわからないけど、どうやら仕事の電話みたいだ。
 ……昔の恋人のことを、思い出していたんだろうか。
 初めて会った時に、川沿いで見せた表情と、少し似ていた。あの時はわからなかったその表情の理由が、今ならなんとなくわかる。
 少し寂しくなった気持ちをごまかすように、ドアの外を見ると、ちょうど雨もやんできたようだ。電話を終えて戻ってきた桐原さんに帰ります、と告げると、すまなさそうに眉をひそめる。
「ホントは送っていければよかったんだけど、今から打ち合わせ入っちゃって」
 傘は持って行って、と置いてあった傘を渡される。もう降ってないし大丈夫、と断ると、途中で降ってきたら困る、と押し返された。
「じゃあ。また、返しに来ます」
 会いに来る口実がひとつ増えた。雨に感謝だ。とにかく、連絡先も教えて貰えたんだし、私が来ても迷惑ではないってことだよね。
 ドアのところで見送ってくれる桐原さんに頭を下げて、来た時よりも少し軽くなった足取りで、今度は何を持ってこようかと考えながら歩き出した。