「どの写真、目を付けられたの?」
 黙って画面に表示させて渡してやると、それを見てなるほどね、と呟いた。
「いい子よね、彼女。素直で一生懸命で。外堀を埋められてる、って言ってたけど、むしろ周りが勝手に外堀に入って埋まっていってるって感じよね。なんだか応援したくなる」
「そうだな」
「そうだな、って、他人ごとみたいな言い方ね。あなた、あの子のことどうするつもりなの?」
 忘れ物のUSBを俺に差し出しながら、理恵が少し怒っているように言う。
「どうするもなにも、別になにか言われたわけでもないし」
「じゃあ、告白されたら付き合うの?」
「告白なんてされないよ。今は新しい世界を覗いて、物珍しさで浮かれてるだけだろ。気分が落ち着けば、相応の男に目が向くよ」
 きっと周りに彼女のことを気にしている男がたくさんいるはずだ。大学生なんて、恋だの愛だのやりたい放題じゃないか。なにもこんなめんどくさい人間にこだわらなくてもいい。
「あなたはそれでいいの?」
「いいもなにも。言ってるだろ、彼女はただのモデルさん、俺はただのカメラマン」
 一緒に仕事をすることはこれからもあるかもしれないけど、それだけだ。それ以上の関わりを持つことなんてない。
「お前も早く帰れよ。沢木さん待ってんだろ」
 じゃあな、と後ろ向きのまま手を振って、そのまま編集部を後にした。
 
 優衣が、あの部屋の窓辺で、風に吹かれて座っている。
 穏やかな微笑みを浮かべてこちらを見る。
 ――やっと、私たち家族になれるのね
 嬉しい、と笑った。私、ずっと、あなたに家族を作ってあげたかったの。
 ――もう、ガクはひとりじゃないよ
 ずっとそばに、いてあげる。
 俺は彼女を抱きしめようと、手を伸ばした。彼女は幸せそうに目を伏せる。やわらかな頬に、手が触れる、その瞬間。
 世界が暗転して、暗闇に包まれる。すぐになにかがぼうっと白く浮かび上がった。なんだろう、と目を凝らすと、徐々に輪郭がはっきりしてきてーー。
 穏やかに目を閉じた優衣が、真っ白な服を着て横たわっていた。
「……っっ」
 飛び起きて、周りを見渡す。暗闇だけれど、よく見慣れた、今の部屋。
 ーー夢だ。
 真夏でもないのに、体が汗ばんで気持ち悪い。心臓がバクバクと音をたてて、存在を主張している。
 ーーこんな夢、最近見てなかったのに。
 優衣を失ったばかりの頃は、よくうなされて飛び起きていたけれど、ここ数年は全く見ることがなかった夢。なんで今さら。
 ……彼女に、日南子ちゃんに会ってから、昔のことをやたらと思い出す。日々のふとした拍子に、優衣の顔が頭をよぎる。
 最後に見た彼女の姿。穏やかに、まるで眠るように目を閉じていた優衣。呼びかければ目を開けて、どうしたの、と微笑みかけてくれそうな。
 ーーどうかしている。もう彼女が俺に笑いかけてくれることなんて二度とないのに。
 夢の映像を振り払うように一つ頭を振った。早く優衣の姿を消したくて、シャワーを浴びようと浴室に向かった。