そう、そっか、と呟いて、少し沈黙が流れた。
『あなたは、ガクの話を聞いて、それでももっと近づきたいと思ったのよね?』
「はい」
『あの人、誰かと本気で向き合う気はないわよ?』
「それは容子さんからも聞きました。でも、そんなのってやだな、って思っちゃったんです。……普通、大事なものをなくしたすぐあとってすごく悲しいけど、どんどん悲しいのって薄らいでいくじゃないですか。ないのが当たり前になって、思い浮かべることも少なくなって、それである時、ああ、そういえばあんなのあったなあ、って懐かしく思い出すようになって。でも、そうやって思い出す時って、なくした時の悲しい気持ちより持ってた時の嬉しい気持ちの方が大きいと思うんです。でも、桐原さんはそうじゃなくて、まだなくした直後の悲しい気持ちのままのような気がして。何年も経ったのにそのままで、もしかしたら死ぬまでその悲しい気持ちのまんまかもしれなくて、そんなの桐原さんも辛いし、なくしたものにとってもかわいそうじゃないですか」
 考えが纏まらないまま話し出したせいで、頭の中がごちゃごちゃになって、なにを言ってるのか途中で自分でもわからなくなってきた。それでも中屋さんは静かに話を聞いてくれる。
「悲しい気持ちから抜け出せなかったら、新しく大事なものを作ろうなんて思えないですよね。だから、せめて知りたいって思ったんです。どんななくし方をしたら、そんなふうになっちゃうのか」
『それを知ることができたら、あなたがガクを、その悲しい気持ちとやらから引きずり出すことができると思う?』
「……わかりません」
 偉そうに語ったくせに、それを聞かれると途端に自信がなくなる。そんな方法わからないし、そもそも私がそれだけ強く彼に影響を与えられると思えない。
「でも、私は桐原さんの写真に、苦しい気持ちから助けてもらったんです」
 できるかできないかわからない。でも、同じことを、今度は私が返してあげたかった。
『あなたのこと、少し見くびってたかも。意外と強いのね。あなたなら、あのわからず屋を変えることができるかもしれないわ』
 電話の向こうで、かすかに中屋さんが微笑んだような気がした。