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 桐原さんの事務所に行った日から数日後、今度は中屋さんから電話がかかってきた。容子さんから電話番号を聞いたそうだ。知らない番号からだったし無視しようかな、と思ったけど、出てみて正解だった。
『単刀直入に聞くけど、うちの雑誌の読者モデル、してみない?』
「読者モデル、ですか?」
『そう。別にファッション誌のモデルみたいに本格的なものじゃないの。飲食店の特集なら食べてるところの写真撮ったり、旅行の特集なら実際に行って遊んでるところを撮ったり。ほとんどの子が気楽にやってるわ』
「なんで私に?」
『容子ちゃんにも聞いたと思うけど、サロン特集のあなた、すごく評判良かったのよ。それでうちの編集長が気に入っちゃって。もちろん私も、あなたはモデル向きだと思う。興味あったらバイト感覚でやってみない?』
 面白そう、だとは思うけど、この前の撮影であれだけ緊張しまくった私に、果たして務まるんだろうか。
『撮影の雰囲気は、この前と同じよ。スタッフも気さくな人ばっかりだから、気負わなくていいわ。……あと』
 言おうか言うまいか迷うような間が一瞬空いた。
『ガクもよく撮影で入るわよ』
「やります」
 即答した私がよほどおかしかったのか、電話の向こうで中屋さんが盛大に笑った。
『そんな隠す気ゼロでいいのかしら? もうちょっと恥ずかしがり屋さんだと思ってたわ』
「だってもう、編集部中にバレてるんですよね? 今更取り繕ったってかえって恥ずかしいです。それに……」
『それに?』
「ちゃんと近づきたいんです、私。桐原さんに」
 本気の気持ちが伝わったのか、中屋さんが笑いをひっこめた。
『容子ちゃんから、いろいろ聞いたのよね?』
「はい。あと、桐原さん本人から」
『ガクから? 何を?』
 中屋さんが意外そうな声を出した。
 一瞬話していいのかためらったけど、中屋さんは何でも知っている気がした。
「大事なものをなくして、その時の自分から逃げるためにニューヨークに行ったんだって」
 桐原さんの話を総合すると、そういうことだよね。
『いつの間にそんな話したのかしら』
「この前、偶然コンビニで会ったんです。で、桐原さんの事務所に押しかけました。ちょっと図々しいかなとは思ったんですけど」
『よくそこまで聞き出せたわね。そんな話、あの人滅多にしないのよ?』
「なんか話の流れで……あ、私が泣き出しちゃったせいかな」
『泣いた?』
「別に泣かされたわけじゃないですよ」
 あの時の状況をかいつまんで話す。
『その写真って、あのなんにもないアパートの中の写真ね?』
「そうです」
 どうやら中屋さんはあの写真がどういうものかも知っているらしい。