高三になって、俺が東京で就職する、と言うと、彼女と大喧嘩になった。
 優衣の家はお父さんが厳しい人で、当然のように地元の大学に進学しろ、と言われていた。優衣も、俺が就職するつもりなのは知っていたけど、バイト先の写真館でそのまま社員になると思っていたらしい。
 沢木さんから東京行きの話をもらったとき、俺は一も二もなく飛びついた。優衣と遠距離になることも一瞬頭をよぎったけど、それよりも、新しい世界を見てみたい気持ちの方が何倍も強かった。優衣も理解してくれると勝手に思いこんでいた。
 離れ離れになっても平気なの、と彼女は泣きながら俺を詰った。
『私のことなんて、全然大事に思ってない。ガクは写真が撮れれば、ほかのことはどうだっていいんでしょ』
 ふだんおっとりとした彼女のどこにこんなに激しい感情が眠っていたのかと驚くくらい、すごい剣幕で怒りをぶつけられて、俺はようやく優衣の気持ちを全く無視してしまっていた事に気がついた。
 事の経緯を知った理恵が俺に行った。
「ガクはこれからのことどう考えてるの?」
 正直、その時点で二人の将来を具体的に考えるのは難しかった。だけど、いつか自分の腕で生きていけるようになった時、優衣に隣にいて欲しかった。
 俺から逃げ回る優衣を理恵が説得してくれて、二人で話し合った。俺が自分の気持ちを正直に伝えると、優衣は東京に進学することを決めた。
 優衣はカンカンに怒ったお父さんを理恵と二人でなんとか説き伏せ、東京の大学を受験した。なんとか第一志望に受かって、晴れて二人で東京に行けるのが決まった時は、抱き合って喜んだ。
 未来は明るく開けていると思った。新しい世界は少し怖くもあるけれど、そばに優衣がいてくれれば大丈夫だと思ったし、なんでも乗り越えられると思った。
 ずっとこのまま一緒にいて、いつか家族になって、ともに年老いていくのだと、信じて疑いもしなかった。