風が吹いて飛んできた花びらを、追いかけようと彼女が手を伸ばして、捕まえられず宙をかいた。口を開けて、一心に花びらを目で追う姿はなんだか子供みたいで、思わず小さく笑ってしまった。
 笑われた気配に気がついて、彼女がこちらを振り返る。
「あ、笑った」
 ごめん、と謝ると、ううん、となぜか嬉しそうにする。
「笑ったところ、あんまり見たことないから貴重だなあって思って。もっと笑えばいいのに」
 何が嬉しいのかニコニコしている。周りから無愛想だと言われるのは事実だけど、今初めて話したような相手にそんなことを言われると思わなかった。
「だってもったいないよ。笑ったらかっこいいのに」
 そんなこと面と向かって言われても返答に困る。
「あ、でもやっぱりそのままでいいかなあ」
 ふふっ、と彼女は微笑んだ。
「私だけが知ってる方が嬉しい」
 耳が赤くなったのが自分でもわかった。可愛いことで有名な彼女に、なんでこんなこと言われてるんだろう。そりゃ褒められて嬉しいけど、変な風に勘違いしそうになる。
「あ、赤くなった」
 また楽しそうに笑って、俺に向かって手を伸ばしてきた。驚いて身を引くと、その手は俺の髪に伸びて、花びらを摘んでいた。
「ついてたよ」
 ふうっと息を吹きかけて飛ばすその姿は、なんだか少し艶かしくて。
 天然なのか、わざとなのか、わざとなら何の意味があるのか。
 真意がわからなくて混乱しかけた俺をよそに、写真できたら教えてね、と言って彼女は去っていった。ひらひら手を振りながら。
 なんなんだ。なんなんだ一体。
 彼女の後ろ姿を見ながら、俺はしばらくその場でバカみたいに突っ立っていた。